しんぶん赤旗

お問い合わせ

日本共産党

たび・つり

多彩に旅案内

群馬・伊香保温泉、静岡県三島市と清水町、鹿児島県・加計呂麻島、福島県郡山市 山形県鶴岡市、北海道恵山温泉、岡山県湯郷温泉、兵庫県尼崎市、千葉県旭市

 

好評です毎日掲載の「つりだより」/HPでも紹介

アユ、北海道のカレイ..紹介


尼崎城.JPG

      <5月 たび/兵庫・尼崎市/新名所で城主体験/近松門左衛門の記念館(記事を読む)>


     index_3.jpg  5月の旅から紹介です。山形県鶴岡市では「水田に浮かぶホテル」に宿泊。鶴岡公園を散策しました。「湯うゆう気分」は北海道の恵山温泉。酸性泉の湯に入り、プリプリのタラの刺し身を賞味しました。「一期一湯」は岡山県の湯郷温泉肌がしっとりする透明泉、オルゴール夢館を楽しみました。兵庫県尼崎市の新名所は尼崎城。近松ゆかりの展示館も見学しました。千葉県旭市は大原幽学ゆかりの地。世界初の「農協」を組織しました。

<5月 たび/兵庫・尼崎市/新名所で城主体験/近松門左衛門の記念館(記事を読む)>

<4月 たび/カンボジア・アンコール遺跡群/密林に沈む夕日絶景/内戦の傷痕、今も大きく(記事を読む)>
 


image
 

 「赤旗」日刊紙の地方版では火水金土付に各地の釣り情報「つりだより」を掲載しています。読者から寄せられる釣行記は日刊紙の木曜付と毎週の日曜版で紹介しています。6月は解禁となったアユ、北海道のカレイなどを予定しています。どの記事も「赤旗」つり欄の“応援団”が現場に足を運んで書いたものばかりです。「だから信頼できる」と読者の皆さんに喜ばれています。日曜版では楽しいイラスト付きエッセイ「森越ハムの全力ゆる釣り日記」(毎月最終週)が好評連載中です。

<5月 つり/ヤマトイワナ/静岡・気田川/夢に見ていた大物/35センチ、人の腕ほど(記事を読む)>

<4月 つり/ヤマメ/山形・北俣川/装備は、ぬかりなく/美しい今季第1号(記事を読む)>
 

釣りたよりは「赤旗」日刊紙の地方版に月曜日付をのぞく毎日掲載しています。


◎たび/兵庫・尼崎市/新名所で城主体験/近松門左衛門の記念館

中央商店街.JPG 今年3月、兵庫県尼崎市に新名所が誕生しました。尼崎城です。一般公開初日から3日間の入場者は7663人。深夜から並ぶ市民もいたそうです。
 「鉄筋コンクリート造りの5階建てで、エレベーター付きと現代的な城の一面もありますが、外観や大きさは江戸期の図面をもとに再現してあります」とはあまがさき観光局の味田綾乃さん。
 実はこの城は尼崎市で起業した家電量販店の創業者が、地元への恩返しに私費で築城を開始。市民も「一口城主」などの寄付金を寄せ完成しました。
 城内に入ったら、まずは2階のVR(仮想現実)シアターへ。10㍍幅のスクリーンに城下町や城内のVR映像が上映され、城の成り立ちなどが学べます。案内人は「曽根崎心中」や「国性爺合戦」で知られる江戸時代の浄瑠璃作家・近松門左衛門です。
 もともとの尼崎城は1617(元和3)年に築城。大坂夏の陣で勝利した徳川家康は大坂を西国支配の拠点とし、尼崎城を西の守りにしました。徳川家の譜代大名・戸田氏鉄を城主にしたことからもその重要性が分かります。
 VRシアターに加えて、刀の柄を上下左右に振って映像の目標を切っていく剣術体験ゲーム、城主や姫の衣装を着て記念撮影できるなりきり体験ゾーン、タブレット端末を使って江戸と現在の城下町を見比べられる展望室など、趣向を凝らした展示が続き、童心に帰って楽しめました。
 城の周辺は散策もおすすめです。高い壁が連なる寺町では江戸時代の面影が。阪神電鉄尼崎駅近くの中央商店街では、頭上に鳥居を下げたり、阪神タイガースの日本一早い優勝マジックボードを下げたマスコットが行き来したり。にぎやかな雰囲気に自然と頬が緩みます。
 昼食にご当地グルメの尼崎あんかけちゃんぽんを味わい、路線バスで向かったのは近松門左衛門の菩提寺広済寺。1714(正徳4)年に日昌上人が再興した日蓮宗の寺で、近松は支援者の一人でした。かつては本堂裏に近松部屋という離れがあり、執筆したと伝わります。
 近松門左衛門の墓は本堂東側で、自然石に近松と夫人の戒名が並んで刻まれていました。隣接の近松記念館では近松ゆかりの品々が展示され、スタッフが分かりやすく解説してくれます。ひときわ目を引いたのは黒塗りの文机。時には快調に筆を進め、またある時は行き詰まり片肘を突いて苦悩する。そんな近松の姿が目に浮かぶようでした。
 内田 晃

【交通】尼崎城は、阪神電鉄線尼崎駅から徒歩5分。車は、阪神高速3号尼崎東インターから10分。広済寺・近松記念館へは阪神電鉄尼崎駅から阪神バス20分の近松公園下車、徒歩3分
【問い合わせ】あまがさき観光局℡06(6417)4946。尼崎城℡06(6480)5646。近松記念館℡06(6491)7555
(5月23日付)


◎たび/カンボジア・アンコール遺跡群/密林に沈む夕日絶景/内戦の傷痕、今も大きく

カンボジア.JPG 成田空港から約7時間、カンボジアに5日間の旅をしました。
 首都のプノンペンから飛行機で40分でシェムリアップに。世界遺産「アンコールワット」とやっと対面できました。空港から市内に続く道路沿いには、外国人観光客向けの高級ホテルが立ち並びます。街中のホテル、レストラン、土産屋では、きれいな日本語を話す人が多くいます。
 クメール(カンボジア)人がつくったアンコール王朝は9世紀から600年間続き、最盛期にはインドシナ半島の大半を支配した大帝国でした。アンコールワットは満々と水をたたえた環濠に囲まれた東南アジア最大級の石造り伽藍。寺院と都城です。ナーガ(聖なる蛇)の欄干に飾られた石畳の参道。一層が200×80㍍もある大小三層の回廊。四基の尖塔を従えてそびえる65㍍の中央塔。そこから北にあるアンコールトム(城塞都市遺跡)。その中央にある仏教・ヒンズー寺院跡の「バイヨン」(12世紀造営)には、四方が巨大な観世音菩薩の顔面で造られた塔が林立。テバータ(女神)がほほ笑む妖艶な世界に招きます。
 熱帯植物の繁茂はすさまじい。12世紀の「タプローム」寺院跡は、巨木の根が建物を押し包むかのように巻き付き「密林に埋もれた、忘却された遺跡」のイメージのまま。「あと10年すれば崩壊かも」(通訳)とも。
 しかし、アンコールワットの西参道の修復工事が上智大、日大の共同で進行中。日本、ドイツ、フランスなど外国からの援助はまさに「自然と人間のせめぎあい」の遺跡を守るとりくみです。小高い丘の上、「プノン・バゲン」寺院跡から見るジャングルに沈む夕日は絶景でした。夕食時のレストランで民族舞踊「アプサラダンス」も楽しみました。
 一般の観光地と一味違うコースも見学しました。プノンペン市内の「トウールスレン博物館」は、200万人の「同胞へのジェノサイド(集団殺りく)」を行ったポル・ポト支配下で政治犯の収容所として使用された元高校校舎です。尋問・拷問からの生存者はわずか7人。生き残ったチェイメイさん(87)は説明員として活躍しています。市郊外のキリング・フィールドは大量虐殺の現場で、約9000の遺骨が安置された慰霊塔が立ちます。内戦から40年。傷痕は大きい。
 にぎやかな市場入り口には、外国の観光客に物ごいする子どもや赤ん坊をかかえた母親の姿も。一方、内戦で埋められた地雷の爆発で足を失った人へ義足を作製・訓練する施設の奮闘ぶりを見学し、大きなトンレサップ湖の水上学校も訪問、元気な子どもたちにも会えました。
 澤田勝雄
(4月18日付)

 


◎つり/ヤマトイワナ/静岡・気田川/夢に見ていた大物/35センチ、人の腕ほど

渇水の川.JPG 今年は4月になっても草木の芽は出ず、山菜もまったく顔を出しません。川は去年の大雨で、淵がうまり、さらに大渇水で、魚も釣り人も行き場所をなくしている状態です。中部、東海地方の川はどこも厳しいコンディションのようです。

引きに耐える

 待望のまとまった雨が降った後の13日、少しは釣りになるだろうと期待して気田川源流部に向かいます。
 川は砂利で埋まり、どこも水深が浅く、魚の付く大きな岩も埋まっています。少しでも魚がいそうな流れの淀みや石の間を狙い、釣り上がります。いつもとは違う釣りに困惑しましたが、そのうちコツがつかめてきました。浅くともエサとなる虫が捕食しやすいような、流れのゆるいところに魚はいるようです。20㌢クラスのアマゴがぽつぽつ出ました。
 やがて、この日いちばんのポイントに到達。去年は底が見えない深い緑色の淵でしたが、今年は半分以上が小石で埋まり、底が見えます。
 水の流れに乗せて深場を釣ると、魚の気配を感じました。軽いオモリにかえてもう一度同じ場所を流すと、かすかなアタリ。少し糸をゆるめてあわせると、糸がひったくられ、一度、二度と大きな引き。魚はとにかく重く、連続した底に走る引きに耐えるのが精一杯。まったく上がってくる気配がありません。コイなどいるはずもない源流ですが、コイではないかと思ったくらいです。
 まだ主導権は魚。大物を釣り上げるコツは、とにかくあせらずに、浮かせること。ようやく魚の姿が見えてきました。アマゴなら銀色、イワナなら山吹色なのですが、この魚は灰色に見えます。いったいこれは? もしやコイ? 

大満足で下山

つりMAP.jpg さらに数回の疾走の末、ようやく浮いてきた魚は人間の腕くらいの太さがありました。浅瀬に寄せ、逃げられないよう川側にまわりこんで手網に入れ、呆然。夢に見ていた大型のヤマトイワナです。腹はかすかに山吹色。体には細かな傷が無数に入り、色がぬけて白みがかっていました。水中で灰色に見えたのはこのせいでしょう。
 それにしても巨大です。35㌢。盛夏でもこんなに肥えたやつは、そういません。渇水で淵に集まったアマゴを食べていたのかもしれません。
 さらに釣り登り、イワナを数尾釣り、大満足のうちに下山しました。
 静岡・のらぼう菜
(5月16日付)


◎つり/ヤマメ/山形・北俣川/装備は、ぬかりなく/美しい今季第1号

ヤマメと山菜.JPG 庭の豆桜が芽吹き始めると待ちに待った渓流釣りの季節です。6カ月間の禁漁期間を終え、山形県の渓流釣りが4月1日に解禁しました。今年は4月に入ってからも平地で降雪があり、山はまだまだ雪が多く、釣り場は限定されます。

あぜ道を利用

 4月8日、今年初の釣行です。今回は早い時期から活性が上がるヤマメを温海川支流、田んぼの脇を流れる北俣川(鶴岡市)で狙いました。
 私の渓流釣りの装備は、ウエーダーに磯ブーツ、バッグを背負い、釣具はウエストポーチに入れ、魚籠(びく)を肩掛けします。背のバッグの中身は、釣果をおいしく食べるためのクーラー、一眼レフカメラと自動シャッター用の三脚、予備のサオが入ったケースと昼食。タモ網とクマよけ鈴もぶら下げます。ウエストポーチにはクマ撃退スプレーを装着、魚がハリを飲み込んだ時のハリ外し道具、野締め用の雪平鍋の取っ手を下げます。帽子と偏光サングラスも必需品。サオはどんな狭い沢でも6・3~7・2㍍のズーム硬調を使います。魚に気づかれないように遠くからサオを出し、条件によって仕掛けの長さを変えます。
 国道の駐車帯に車を止め、山田のあぜ道を利用して入渓します。この渓流は途中の砂防ダムまでがヤマメ、その上がイワナの釣り場です。

4尾でも十分

 午前10時から1時間ほど平瀬、荒瀬、淵、巻き込みにサオを出しますが全く追いません。あきらめかけていたころ深瀬の流心から今季の1号が来ました。強い流れの中から、小さいけれどパーマークの美しいサビのない魚体が飛び出しました。18㌢でした。同じような深瀬の流心で同サイズを2尾追加しました。
山形map.jpg 最後は砂防ダムのたまりで小さいのを1尾追加。午後2時までに17~18㌢を4尾。初釣りとしては十分な釣果です。
 帰りに雪の解けた南向き斜面に出ていたカタクリとフキノトウを少し採りました。
 ヤマメは3枚におろし、頭は半分に割り、かぶと揚げに。中骨は骨煎餅にし、塩を振り味付けします。フキノトウは春の香りを残したかき揚げに。ヤマメの身とカタクリは衣を薄く付け天ぷらにしました。大皿にてんこ盛りの天ぷらは瞬く間に完食しました。
 山形の渓流釣りは始まったばかり、多くの沢はまだ雪の下です。
 山形・齋藤儕
(4月25日付)

 

1


pageup