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群馬・伊香保温泉、静岡県三島市と清水町、鹿児島県・加計呂麻島、福島県郡山市 茨城県北茨城市、熊本玉名温泉、、新潟県月岡温泉、広島県東広島市、福島県郡山市

 

好評です毎日掲載の「つりだより」/HPでも紹介

イワシ、ヒラマサ、ワカサギ..紹介


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<11月 ツルシのぶらり探訪/福島・郡山市/百合子処女作の地/甘く懐かしい地元の味(記事を読む)>


     index_3.jpg 11月の旅から紹介です。茨城県北茨城市は、岡倉天心が愛した五浦海岸へ。「一期一湯」は、熊本の玉名温泉。かけ流された豊富な透明湯が人気です。「湯うゆう気分」は新潟県の月岡温泉。ほんのり石油の香りがする、肌つるつるの湯です。広島県東広島市の西条は伏見、灘と並ぶ首都。ほろよい気分で散策しました。「ツルシのぶらり探訪」は福島県郡山市。宮本百合子ゆかりの地です。旅の思い出にクリームボックスを食べました。

<11月 ツルシのぶらり探訪/福島・郡山市/百合子処女作の地/甘く懐かしい地元の味(記事を読む)>


<10月 たび/長野市飯綱高原/伝説の池と風の音…/湿原ウオーク、驚く美しさ(記事を読む)>

 


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  赤旗編集局には読者から各地の釣り情報が連日届いています。「つりだより」は「赤旗」日刊紙の地方版に火、水、金、土曜日付に掲載しています。
 釣行記を日刊紙の木曜付と毎週の日曜版で紹介しています。12月はイワシ、ヒラマサ、ワカサギの釣行記、日曜版では魚拓挑戦記なども予定しています。
「赤旗」つり欄の〝応援団〟が投稿してくれています。「信頼できる情報」「楽しい釣行記」と読者の皆さんに喜ばれています。

<11月 つり/沖メバル/京都・丹後半島沖/秋に挑戦して大満足/重い!!6尾掛け(記事を読む)>

<10月 つり/イワナ/岩手・豊沢川支流/「渓流9条」の熱い夜/出会い、とりこに(記事を読む)>
 

釣りたよりは「赤旗」日刊紙の地方版に月曜日付をのぞく毎日掲載しています。

 


◎ツルシのぶらり探訪/福島・郡山市/百合子処女作の地/甘く懐かしい地元の味

 人口34万、東北地方有数の商工業都市、福島県郡山市。作家・宮本百合子(1899~1951年)ゆかりの地です。
 明治初期、人口わずか7000人の安積原野開墾の原動力となったのが安積疏水でした。西方20㌔の猪苗代湖から、奥羽山脈を貫いて導水。原野を潤す130㌔の農業水路が完成したのは1882年。明治政府が直轄する宮本百合子コーナー.JPG9000㌶の大開墾事業でした。その基礎を築いたのが、福島県官として赴任した旧米沢藩士・中條政恒、百合子の祖父(父方)です。
 県下の二本松や会津、全国からも旧士族が入植。現市内・開成地区は安積開拓の中心地でした。開成山公園のそばに中條邸跡があります。政恒は故人になっていましたが、東京で暮らす百合子は小学生のころから夏休みになると、祖母・運の住むこの家を訪ねました。そこで彼女が見たのは、開墾地を手放し小作人となり、窮乏にあえぐ開拓農民たちの姿でした。
 この体験を描いた処女作『貧しき人々の群』が『中央公論』に掲載されたのは1916年。17歳の百合子は、祖父が心血を注いだ開拓事業が貧農を生んだことへの疑問を投げかけました。開成山公園の五十鈴湖畔にたたずむ「宮本百合子文学碑」には、末尾の一節が刻まれています。「どうぞ憎まないでおくれ。私はきっと今に何か捕える。…私は泣きながらでも勉強する…」。
 百合子が終戦を迎えたのも、弟一家が疎開していた郡山の中條邸でした。『播州平野』によれば、百合子が網走刑務所に入獄中の夫・宮本顕治に手紙を書き、郵便局に出しに行ったのは8月16日でした。
 郡山ゆかりの作家を紹介している「こおりやま文学の森資料館」。久米正雄(1891~1952年)らとともに、宮本百合子コーナーがあり、直筆原稿や書簡を展示しています。「宮本百合子文学散歩」マップを見ながら、佐久間正明学芸員の解説を聞きました。
 長野県上田生まれの久米は父の死後、母の故郷・郡山に移り、旧制安積中学時代から句作を始めました。祖父・立岩一郎は中條政恒とともに安積開拓に尽力。「中條立岩両家の深交を通じ久米と百合子の間にも交流がありました」と佐久間さん。
 旅の思い出に「クリームボックス」を食べました。小ぶりの分厚い食パンにクリームをのせて軽く焼いた、ローカルフードです。ほんのりと甘い懐かしい味でした。ツルシカズヒコ

【交通】東北新幹線で東京駅から郡山駅まで約1時間20分
【問い合わせ】こおりやま文学の森資料館 電話024(991)7610(月曜休館)。郡山市観光協会 電話024(954)8922
(11月29日付)


◎たび/長野市飯綱高原/伝説の池と風の音…/湿原ウオーク、驚く美しさ

飯綱高原3.JPG 東京下町の飲み屋街で知り合った、五つ年上の先輩を思い出したのは、長野へ所用で向かう新幹線の中。
 「先輩! 先輩の住む飯綱高原は、長野から近いですか? よければ、会えませんか?」。そんなメールを送ると、すぐに返事がありました。「今日明日は、たまたま空いてるぞ! 車で長野まで迎えに行くから、駅で待ってろ!」
 2時間後、われら2人の姿は、車中にありました。長野駅から飯綱高原までは、車で30分と少しとのこと。
 「知り合いのバンガローを借りられたから、夜は肉でも焼いて、1杯飲もうや」
 しばらく車を走らせ、山林の中を通る戸隠バードラインを抜けて最初にたどり着いたのは、「大座法師池」。
 「ここは神代の昔、いまは『だいだらぽっち』と呼ばれる巨人のデーダラ法師が、飯綱山に腰掛けて、一歩を踏み出した足跡に水がたまってできたっていわれてるんだわ」
 半年前に、この地で暮らしている高齢のお父さんと2人で暮らすため、東京の暮らしを引き払ってきた先輩。まだこの地で暮らしてわずかな人の、「地元観光案内」がなんともほほ笑ましく…。美しい緑に囲まれたその池は、そんな伝説を信じたくなるような、静かで清らかなたたずまいを持つ場所。池のほとりを見渡すと、若い家族が4人で追いかけっこをし、その奥のベンチでは、高齢のご夫婦が何も語らずに風の音を聴いています。
 しばし、風の音と水の青さを堪能した後は、5分ほど歩いて「大谷地湿原」へ。こちらも、飯綱山の山麓に広がる美しい湿原です。一周30~40分程度で回れる遊歩道は、50歳オーバーの2人にも手ごろ。季節には、リュウキンカやミズバショウ、ニリンソウが咲き誇る湿原の中を行くボードウオークは、歩きやすさもさることながら視野の広がる絵の美しさに驚きます。だいだらぽっちが腰掛ける飯綱山に向かって敷かれた板の道。そんな絵面に見えてきます。
 少し汗をかいて歩いた湿原を後にして、戸隠方面に車で少し走ると、道端に「ノルマン邸、師範学校教師館」の小さな表示が。「これは、オレも見たことないな」という先輩と一緒に砂利道を入って行くと、隣り合う2軒の古い洋館が。森中に現れた洋館は、それぞれ明治中期・初期に建てられたものだとか。
 「古い洋物って、映画みたいな風情があるな。いい!」
 新しい〝案内場所〟を見つけた先輩は、どこかうれしそうです。
 夜は夜で、人里離れたバンガローで痛飲。80年代ポップスを2人で、アカペラで歌いまくり、「いきなり高原旅」の1日は暮れて行ったのでした。
 山本竜也

【交通】北陸新幹線「長野」駅からバス45分
【問い合わせ】飯綱高原観光協会℡026(239)3185
(10月4日付)

 


◎つり/沖メバル/京都・丹後半島沖/秋に挑戦して大満足/重い!!6尾掛け

一度に 6 尾.JPG 京都丹後半島沖合の沖メバルは春がベストシーズンですが、今年は活性が悪く釣果が伸びませんでした。それなら秋に、と10月21日に挑戦しました。

最適なぎ日和

 丹後半島沖合の良型沖メバルのポイントは浦島礁、水深100~150㍍の広大な天然礁で、最寄りの港から1時間半かかる遠方ポイントです。最適のなぎ日和、期待がふくらみます。エサはホタルイカ、ミミを取りゲソと内臓だけにしてハリにさします。
 朝7時半に第1投。オモリが着底するとすぐに大きなアタリ。電動リールでゆっくり巻き上げると、赤い魚体が浮いてきました。本命の沖メバルです。しかも長寸35㌢、650㌘ありました。これは幸先がよい。
 船は魚群探知機で沖メバルの群れを探しながら、流し釣りをします。ひと流しで1投しかできません。はやる気持ちを抑えながら、7本あるハリが絡まないように手際よく仕掛けを降ろします。
 誘いをかけると、2投目もアタリがありました。1尾あたったら追い食いをさせるのが沖メバル釣りの醍醐味。リールを数回巻いて1㍍ほど上で待つと2尾目のアタリ、さらに欲ばってもう数回リールを巻きます。

合計3キロ近く

釣りまp.jpg いきなりドドドッとアタリが続きました。あーっ、もう何尾かかっているかわかりません。ドラグを緩め電動巻き上げを低速にして、ゆっくりゆっくり引き上げます。サオは弓なり、両手で必死に抱えて、早く上がってきてほしい、という気持ちのみ。海面まで引き上げると赤い魚影が連なっています。水圧の変化で〝出目金〟になった沖メバル26~37㌢が6尾! 合計3㌔近くあり、重いはずです。
 沖メバルは活性が良いと群れをなし、群れの上ほど大型がいます。船長の話では、このポイントの沖メバルの最長サイズは39㌢だそうですが、35㌢超を数釣るのはなかなか難しいとか。
 ハリスの長さや太さ、フラッシャーという毛バリ風の色や光の具合、蛍光玉をあれこれ替えてみたりと、釣り人の工夫で釣果に差がでます。今日の私の仕掛けはヒットしたようです。
 前半3時間で十数投、ハズレなく釣れ続き良型が30尾超。この調子なら50尾は超えると皮算用したら、その後は失速。最終釣果は24~38㌢が41尾でした。大型35㌢超6尾と文句なしの釣果、大満足でした。
 京都・金子
(11月22日付)


◎つり/イワナ/岩手・豊沢川支流/「渓流9条」の熱い夜/出会い、とりこに

こうらく.JPG 「もののけ姫」の舞台となるような草木がうっそうと茂る深い森の源流。イワナは警戒心が強く、じっと物陰に身を潜めています。人間の足音にもとても敏感で気配を察知すると逃げてしまう。

仲間から歓声

 水深が深くなって大きな淵ができている部分を見つけました。川の色がその部分だけ一段と濃くなっているのでわかります。しかも淵の手前には白波が。こういうところにイワナは身を潜め、波に乗ってくるエサを探しているのです。
 「ここに絶対いる!」。私は足音を立てず、水面に自分の姿が映らないように確認しながら川の方へ進み、サオをゆっくりゆっくり引き伸ばします。狙いを定めてサオを振り、仕掛けを投入。緊張の一瞬。メンバーの視線が注がれるのがわかります。釣り初心者の私ですが、みっともないところは見せられません。
 自然にエサを動かし、「仕掛けではありませんよ。ただの川を流れる昆虫ですよ」と、いかにイワナをだませるかが勝負。…かからない。諦めずにもう一度。
 ピクッと、わずかに糸が引っ張られました。一気にサオを引き上げます。糸の先には勢いよく暴れるイワナ。息を殺して見つめていた仲間たちから歓声があがり、私も「釣ったー!」と大騒ぎ。

サオと憲法と

map10.jpg 9月の休日、宮沢賢治の故郷、岩手県花巻市の豊沢川へ仲間たちと釣行しました。
 花巻駅から車で走ること約30分、「渓流釣り9条の会」のメンバーたちが集う「岩魚(いわな)庵」があります。私も末席に加えていただいている過労死弁護団の設立者・岡村親宜弁護士が、釣りのために購入したかやぶき屋根の古民家です。
 夜は、囲炉裏に刺した釣果が焼きあがるのを待ちながら、採った山菜なども料理して、お酒と共に語り合います。
 釣った成果を自慢したり、釣りの手法について論争したり、これまでの裁判や運動、日本の政治をどう変えていくのか熱く語り合い、充実した時間を過ごします。そして、翌日は早起きをして、それぞれの釣りポイントに向かうのです。
 初めて訪れた時は驚きました。腰まであるゴム長靴を履き、ザブザブと川を登り、背丈ほどもあるササや木の枝をかき分け、熊に警戒しつつ源流へ向かっていく。恐怖心でいっぱいでした。
 けれど、たどり着いた源流の美しさ、イワナとの出会い。私は釣りと「岩魚庵」のとりこになりました。
 「右手に釣り竿、左手に憲法!」が合言葉の「渓流釣り9条の会」。若い仲間をたくさん増やしたい。
 東京・白神優理子
(10月25日付)


 

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