多彩に旅案内
7月の旅。岐阜・高山市。「一期一湯」は、山形・最上町。「街道を歩く」例幣使街道その五は、新大平下~楡木。「おいしい旅」は千葉・南房総市
好評です毎週水曜日の「つり」
8月は三重・津市贄崎のキス、東京・あきる野市秋川のアユ、京都・舞鶴湾のケンサキイカなどを予定
<7月 涼子のおいしい旅 千葉県南房総市/七つの地域、個性豊かな特産(記事を読む)>

7月の旅から紹介です。2日付は岐阜・高山市です。飛騨高山の「古い町並み」で江戸時代気分を満喫、名物の飛驒牛に舌鼓を打ちました。
9日付の「一期一湯」は、山形・最上町のもがみ温泉郷です。松尾芭蕉ゆかりの地で、源泉の湯気を体に浴びる「ふかし湯」を体験しました。
16日付の「街道を歩く」例幣使街道その五は、新大平下~楡木を歩きました。栃木城の城下町として栄えた栃木宿で、蔵の町並みや、豪華絢爛(けんらん)な山車の姿を楽しみました。
30日付の「おいしい旅」は千葉・南房総市です。アジのなめろうや、クジラ肉を使った「特製くじら丼」、地元酪農家の乳製品など、個性豊かな地元のグルメを巡りました。
<6月 たび 岐阜県大垣市/水の都で城巡り(記事を読む)>

釣りが大好きな赤旗応援団による釣行記を、日刊紙の水曜付と、日曜版に月1回掲載します。日刊紙は、8月は三重・津市贄崎のキス、東京・あきる野市秋川のアユ、京都・舞鶴湾のケンサキイカなどを予定しています。
日曜版では、イラスト付きエッセイ「森越ハムの全力ゆる釣り日記」(毎月第4日曜)が好評連載中です。
<7月 つり マコガレイ 宮城 金華山周り/カボスの花に誘われて 真っ黄色仕掛けが(記事を読む)>
<6月 つり アオリイカとアユ 徳島 海部川と那佐湾/釣り物"二刀流"四国旅 夜明け前1.5キロゲット(記事を読む)>
釣りたよりは「赤旗」日刊紙の地方版に掲載しています。
◎涼子のおいしい旅 千葉県南房総市/七つの地域、個性豊かな特産
千葉県の房総半島南部にある、南房総市を旅しました。今は県内5番目に大きな市ですが、平成の大合併までは6町1村の地域でした。富浦・富山・三芳・白浜・千倉・丸山・和田の各地区に伝わる豊かな食文化も旅の楽しみ!
まずは海の幸です。奈良時代には千倉付近から干しアワビが税として収められていた記録が、平城京跡で発見されています。
今も海女さんがとるアワビは高級ですが、身近な魚のアジも郷土の味です。中でも有名なのが漁師料理の「なめろう」です。アジとみそを包丁でたたいた風味豊かなおかずで、ご飯が進みます。
さらに豪快な海の幸がクジラです。全国でも数カ所しかない沿岸捕鯨基地が、外房の和田にあるのです。今は和田で年間22頭(漁獲数上限)のツチクジラを仕留めます。
港に水揚げされると、地元の方たちは解体場でクジラ肉を買い、郷土食「クジラのタレ」を作るとか。薄切りクジラ肉を味付けした干し肉で、臭みもなくクセになる味わいです。「道の駅和田浦WA・O!」のレストランではクジラ料理があり、竜田揚げが懐かしのおいしさです。
房総半島は、江戸・東京への食の供給地として発展しました。市内の各旧町村にある八つの道の駅も、個性豊かな特産物が魅力です。外房の千倉は海産物、内房の富浦の道の駅はビワのお菓子と、おいしさ満載です。
南房総市は「日本酪農発祥の地」でもあり、現在も日本有数の酪農地域です。県内の愛宕山山腹にはかつて、戦国時代に里見氏が軍馬を育成した牧(まき)がありました。8代将軍・徳川吉宗は、ここに軍馬と乳牛の白牛を導入し、「白牛酪(はくぎゅうらく)」という乳製品を製造。乳製品は、滋養・解熱などの薬として珍重されたそうです。
明治以降は乳牛研究の地となり、観光施設「千葉県酪農のさと」では、酪農・畜産の歴史をじっくり学べます。
戦後80年の夏に行きたい場所がありました。東京湾側に突き出た、大房(たいぶさ)岬の戦争遺跡です。大房岬には、江戸末期の黒船対策の砲台に始まり、明治時代から終戦まで東京防衛のために海軍の要塞(ようさい)が造られました。うっそうと緑が茂るくぼ地に潜む、分厚いコンクリート製建築物。暑さと湿気に、ここで働いた人たちの苦労がしのばれます。
美しい海と空を眺めながら、旅を楽しめる平和に感謝しました。
南田涼子
写真・南田乗太
【問い合わせ先】
南房総市観光プロモーション課 電話0470(33)1091
千葉県酪農のさと 電話0470(46)8181
道の駅和田浦WA・O! 電話0470(47)3100
【交通】道の駅和田浦WA・O!へは、JR内房線和田浦駅から徒歩約8分
南房総市のおみやげ
・クジラ製品―クジラ肉やタレ、缶詰など
・ビワ加工品―ジャムや和洋菓子など
いずれも道の駅や製造販売店で販売
(7月30日付)
◎たび 岐阜県大垣市/水の都で城巡り
岐阜県大垣市は良質な水に恵まれています。地下水が自然に湧く自噴(じふん)水も数多く、全国有数の水の都として有名なところです。大垣城や墨俣(すのまた)一夜城など歴史的にも重要なお城や、松尾芭蕉「奥の細道」のむすびの地としても知られています。
大垣城の築城は1535年。1600年の関ケ原の戦いでは、決戦前夜まで石田三成の本拠地となりました。城内にはよろいやかぶとが展示。火縄銃を持ち上げることができる体験コーナーもあります。関ケ原の戦いの前哨戦で、西軍の島左近らが大垣城から出陣して勝利した「杭瀬(くいせ)川の戦い」などについても解説されています。
大垣観光を代表するのが、竹ざおでたらいを操る「たらい舟」ですが、これも関ケ原の戦いが由来とされています。東軍の攻撃の際、家臣の娘・おあむがたらいに乗って脱出したという伝説です。
大垣城を後に、大手門跡や、周囲の湧き水スポットを散策します。大垣船町川湊(みなと)は、大垣城の外堀・水門川に置かれた水運の要所でした。1689(元禄2)年、東北・北陸をめぐる旅を終えた松尾芭蕉は大垣に滞在。その後、地元の俳人たちに別れを告げ、この川湊から桑名(三重県)へと船出したのでした。
水門川遊歩道には、ミニ奥の細道として芭蕉の句碑が多く設置されていて楽しい散策ができます。隣接する「奥の細道むすびの地記念館」では、立体映像で奥の細道の旅が楽しめます。
翌日は墨俣一夜城を訪ねます。ここもまた歴史的に面白いスポット。木下藤吉郎(豊臣秀吉)が一夜で築いたと伝えられ、織田信長の美濃攻略に貢献して出世の足掛かりとなったというお城です。1991年に、天守の形を模した歴史資料館として開館しました。
犀(さい)川にかかる太閤出世橋を渡り、城内に入ると秀吉の馬印・ひょうたんがかけられた柵が。展示では、源平合戦時代に源行家と平氏がたたかった「源平墨俣川の戦い」や、墨俣一夜城の築城、秀吉の天下統一などが紹介されています。
5階から東方向を眺めると、遠方の山に米粒のように岐阜城(岐阜市)が望めます。秀吉もここから稲葉山城(岐阜城)を眺めていたのかと思うと感慨深いものがあります。
墨俣は、美濃路の宿場町でもありました。本陣跡や脇本陣、寺町かいわいは散策コースになっています。
水のおいしいところはお酒もおいしい。地酒と名物・水まんじゅうを買って、帰途に就きました。
岸村真里
【交通】大垣市へは、JR大垣駅下車。車は、名神高速道路安八スマートIC下車
【問い合わせ】大垣市商工観光課 電話0584(47)8597
(6月18日付)
◎つり マコガレイ 宮城 金華山周り/カボスの花に誘われて 真っ黄色仕掛けが
自宅庭のカボスの花が昨年より2週間遅く咲き始めました。花を見て、もうマコガレイ釣りの季節だなと思っていると、さっそく福島県の釣友からお誘いがありました。
6月12日、晴れ。絶好の釣り日和。メンバーは福島の常連3人とカレイ釣りが初めての方、山形県鶴岡市からの私の計5人です。私は前夜、自宅から3時間半のドライブで石巻市の渡波(わたのは)港に到着。明朝に備え、港の駐車帯で仮眠を取りました。
午前5時、牡鹿(おしか)半島の沖に浮かぶ金華山に向け出港。金華山へは1時間の航程です。最初の釣り場は定置網周り。風が強くて船が流れ、なかなか船を固定できません。その間、みんなが準備完了。いっせいに仕掛けを投入しました。
今回は遊漁船の店頭にあった、いままで見たことのない真っ黄色の「流撃イエローカレイ仕掛け」を使いました。エサはアオイソメの房掛けです。私の釣り座は左舷船首、相棒が左舷船尾、リーダーが右舷船首。初心者を挟んでベテランが並びます。最初は「小さいけどマコガレイだ」とリーダー。2番手が私で、この日一番の37センチ。その後、相棒やベテランも順調に釣り始めました。
初心者の方は難しいようでなかなか当たりません。水深52メートル、掛かり釣りとしては深く、うねりで1メートルほど上下するのでカレイへの誘いがうまくできないようです。海底にいるカレイは、中層にある仕掛けや、ベタ底でも動かないエサには食い付きません。中層ではフグの餌食になります。
風と波が強くなり、掛かり釣りから流し釣りに変わり、ますます難しくなりました。午前11時、続行を断念し帰港することに。半島と網地(あじ)島との水道を抜けると、風と波がますます強くなり、まっすぐ進めません。通常1時間のところを2時間半で帰港しました。
釣果はマガレイ24センチ1尾、マコガレイ24~37センチ9尾、ヒガレイ22~34センチ8尾、イシガレイ37~38センチ2尾、アイナメ42センチ1尾。持ち帰った魚は責任を持って調理するのが家訓の私にとって、ちょうどいい釣果です。
翌朝、朝ごはんのためイスに座りビックリ。船べりに座った2時間半の苦闘の跡をお尻がすっかり記憶していて、とんでもなく痛かったのです。(山形・齋藤儕)
(7月9日付)
◎つり アオリイカとアユ 徳島 海部川と那佐湾/釣り物"二刀流"四国旅 夜明け前1.5キロゲット
6月1日、海陽町を流れる海部(かいふ)川でアユのシーズンイン。5月30日に、例年のごとく「阿波の鮎漁師」さんを訪ね、いろいろ情報を聞きながら泊めてもらいました。
翌31日は朝から年券を買い、釣り場をリサーチ。1週間前に増水し、瀬の流心はコケが流された「白川状態」です。コケが残っている浅場のヘチを狙おうと思い、妻でもサオが差せる場所を選びました。知り合いの釣り人と今年も会えたので、川辺で一緒に夕食。楽しいひとときを過ごし、早々に車中泊しました。
1日午前5時に川に下りました。水が冷たく、オトリへの追いがありません。9時まで釣果無し。そこへ徳島新聞の記者が訪ねてきて、「どこも同じ状態」とのこと。すると、私のすぐ下流でサオが曲がりました。記者はすかさずカメラ。新聞に載った写真には私も映っています。(笑い)
しかし、状況は変わらず次々と納竿(のうかん)。私たちも10時に手巻きおにぎりで昼食。釣り場は私と妻だけになりました。快晴で水温が上がり浅場にアユが見え始め、昼前にようやく追いがありました。
でも例年のようなテンポではなく何とか20尾。妻にオトリを供給するも苦戦し、やっと掛かったかと思うと小型です。疲れもあり、午後2時すぎに納竿しました。
釣れたアユをオトリ店の生けすに置かせてもらい、海辺の温泉宿でお風呂にゆっくり入り、海鮮丼を食べました。車中泊のため、那佐湾に面した近くの波止場に移動。今回は"二刀流"で、持参した冷凍アジを使い、イカを狙いました。
先行者に、残った元気なアジを8尾もらいました。ラッキー。これをエサに釣るもアタリが無く、午後10時就寝。午前3時前に再開すると、1時間ほどで電気ウキが沈みました。まさかと思い、サオを持ち上げるとイカの重みです。1・5キログラムのアオリイカでした。
夜が明け納竿。パンとコーヒーでのんびりした後、川で少しサオを出しましたが、水温の低い午前中だからか妻2尾、私3尾で納竿。帰りに「阿波の鮎漁師」さん宅で、庭のキンカンや自家製の魚の干物などたくさんいただき、3泊4日の四国釣り旅を終えました。(京都・一原康男)
(6月25日付)







