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多彩に旅案内

8月、おいしい旅は愛媛県宇和島市。茨城県牛久市にある住井すゑ文学館を探訪。滋賀県の彦根城周辺で石田三成の居城・佐和山城跡や、国宝・彦根城めぐり

好評です毎週木曜日の「つり」

9月は、青森・赤石川のアユ、千葉・江戸川放水路のハゼ、北海道・小樽沖のヒラメ、徳島・海部川のアユ、愛知・武豊町のカワハギなどを予定


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宇和島城から眺める城下町と海

<8月 涼子のおいしい旅/愛媛・宇和島市/〝地元流〟鯛めし美味/夏にぴったり冷たい汁飯(記事を読む)>

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 8月の旅から紹介です。4日付のおいしい旅は、愛媛県宇和島市。宇和島風の鯛めしやじゃこ天、名産のかんきつ類を使ったジュースなど、暑い夏もおいしいグルメを食べ歩きました。

 11日付では、茨城県牛久市にある住井すゑ文学館を探訪。小説「橋のない川」で知られる作家の足跡をたどりました。

 18日付は滋賀県の彦根城周辺を歩きました。石田三成の居城・佐和山城跡や、国宝・彦根城をめぐり、戦国の歴史に思いをはせました。

<7月 たび/街道を歩く/北国街道その一/民謡「追分節」発祥の地/追分宿~小諸宿(記事を読む)>


釣りカット.jpg 釣りが大好きな赤旗応援団による釣行記を、日刊紙の木曜付と日曜版に毎週掲載しています。日刊紙では、9月は、青森・赤石川のアユ、千葉・江戸川放水路のハゼ、北海道・小樽沖のヒラメ、徳島・海部川のアユ、愛知・武豊町のカワハギなどを予定しています。
日曜版では、イラスト付きエッセイ「森越ハムの全力ゆる釣り日記」(毎月最終週)が好評連載中です。

<8月 つり/アジ・メバル/石川・祖母ケ浦/引きはガンガンでも/〝欲張り〟は禁物(記事を読む)>

<7月 つり/マダイ/千葉・九十九里町/初めの3時間は何?/紳士の教えに感謝(記事をよむ)>

釣りたよりは「赤旗」日刊紙の地方版に掲載しています。


◎涼子のおいしい旅/愛媛・宇和島市/〝地元流〟鯛めし美味/夏にぴったり冷たい汁飯

鯛めし.jpg 愛媛県南部の宇和島市の旅です。おいしいものもいっぱい!
 何よりのお目当ては鯛めしです。以前、県北の松山市で炊き込みご飯の鯛めしを食べた時、「宇和島の調理法は違う」と聞いたのです。
 まず宇和島駅近くの郷土料理店で、あこがれの鯛めしを注文。冷たいだし汁に生卵と薬味、タイの刺し身を入れて、温かいご飯に載せるのが宇和島流です。おいしい!
 もう一つ、麦みそとほぐした焼き魚を入れて冷やしただし汁で溶いて、ご飯にかける「さつま」も美味です。どちらも食が進んで栄養たっぷり、暑い夏にぴったりです。
 ほかにも味付け細切りこんにゃくに魚のそぼろやネギをかけた「ふくめん」、フカ(サメ)の湯ざらしなど、初めていただく郷土料理で幸せいっぱいになりました。
 次は宇和島城へ向かいます。駅から近い町の中に、いきなり標高80㍍の緑茂る山が。石段を登り詰めると、美しい天守がそびえています。全国でも現存する江戸時代の天守はここを含めて12だけと、貴重な建築物です。天守からは城下町と海が一望できます。
 宇和島の海岸線は、入り江と岬が複雑に入り組み、そこに太平洋の黒潮が運ぶ栄養が流れ込むので、魚介が豊富。中でも養殖タイの生産量は日本一で、味も上質だとか。先ほどの郷土料理のおいしさを思い返しました。
 宇和島藩を長く治めたのは伊達氏です。伊達氏の初代藩主・秀宗は、東北の仙台藩・伊達政宗の長男でした。仙台はささかまぼこが有名ですが、宇和島にも名物の魚の練り物があります。「じゃこ天」です。
 小魚の身や、骨や皮まですりつぶして揚げた濃厚な味わい。専門店や道の駅などで、温かいじゃこ天や、衣をつけた「じゃこカツ」を見かけるたびに食べ比べ。どれも美味でした。
 伊達博物館や、明治時代の洋館を活用した市立歴史資料館で、宇和島の歴史を学ぶこともできます。
 ところで宇和島は、かんきつ類の生産でも有名です。江戸末期に、県内で最初のみかん栽培が市北部の吉田で始まったそうです。かんきつ類の最盛期は秋から初夏。今回は残念...と思いきや、道の駅きさいや広場の方によれば「夏は温室みかんが出ますよ」。何よりみかんジュースが充実。「河内晩柑」や「きよみ」など、いろいろな品種の味を楽しめるのです。
 地元の人に人気の「ちゃんぽん」もいただきます。魚介だしのさっぱり味で、野菜たっぷりの汁麺です。
 真夏の食が細い時期にも栄養がしっかり取れそうな、おいしいものぞろいの宇和島。また来たくなります。
 南田涼子
 写真・南田乗太

宇和島のおみやげ
・じゃこ天―小魚のすり身の練り物を揚げたもの。専門店や道の駅、スーパーなどで販売
・かんきつ類―秋から初夏に各種生産。夏はジュースや加工菓子がスーパーや道の駅などで販売

【問い合わせ】宇和島市商工観光課℡0895(24)1111
【交通】宇和島城天守へは、JR予讃線宇和島駅から徒歩約35分
(8月4日付)


◎たび/街道を歩く/北国街道その一/民謡「追分節」発祥の地/追分宿~小諸宿

旅MAP.jpg 北国街道は、五街道の中山道と北陸道を結ぶ街道で、北国往還とも呼ばれます。今回より、長野県の追分宿から善光寺を経て新潟県の高田宿まで、約140㌔を歩きます。
 まずは、しなの鉄道信濃追分駅から20分歩き、追分宿にある追分宿郷土館で情報収集。宿場に関する資料などが展示され、イラスト地図も入手できます。
 追分宿は民謡「追分節」の発祥地でもあります。起源は、馬の背に人や物を乗せ、浅間根腰の三宿(軽井沢・沓掛・追分)を往来した馬子(運搬人)が口ずさんだ馬子唄。それに追分宿の飯盛女(江戸時代、宿場で接客をした女性)が三味線で伴奏した座敷唄が広まり、越後追分、津軽追分、江差追分などが誕生します。
 「馬子唄は素朴、座敷唄は華やかな曲調で、がらりと印象が違いますよ」と学芸員の伊藤京子さん。郷土館では馬子唄を聴くこともできました。
 堀辰雄文学記念館内に移築された宿場本陣の裏門や、旧油屋旅館を横目に歩き、升形の茶屋を過ぎると、中山道と北国街道の分岐「分去れ」に出ます。「子育地蔵(新生児を守る地蔵)」の台座正面には、「さらしなは右 みよしのは左にて 月と花とを追分の宿」と追分節の歌詞が。行く先を歌で案内するとは粋なものです。
 この先、小諸宿まではほぼ下り道。国道18号と分岐、合流を繰り返しながら進みます。馬瀬口地区では明治天皇が小休止した旧家、平原地区では加賀藩前田家の殿様も賞賛したと伝わる「平原の松」が見られます。
 唐松一里塚を過ぎると小諸宿はもうすぐ。宿内は、こもろ観光ガイド協会の宇野ふさ江さんに案内してもらいます。小諸城の城下町は江戸期に初代藩主・仙石秀久が整備した「小諸三町」(現在の市町、本町、荒町、与良町)から成り、このうち市町と本町が小諸宿でした。
 本町は、光岳寺の門前から延びる一本道の下り坂を挟むように町屋が並びます。「江戸期は、通りの中央にふたをした用水路があり、17カ所の水くみ場が設けてありました」と宇野さん。ひしゃくで水をすくい、喉を潤す旅人の姿が目に浮かびます。
 ガイドさんと歩くと予想外の出来事があるもの。この日は、先祖が本町の庄屋・問屋を代々務めてきた塩川五右衛門さんのお宅を拝見できました。江戸後期の町屋で奥行きが長く、採光のための天窓もあります。
 「天窓は昭和初期の改築です。ある晩、おふくろが天窓を見上げると、家の中をのぞく泥棒の顔が見えたそうです」。塩川さんの話に宇野さんと大笑い。初対面の人も快く受け入れてくれる、宿場ならではの懐の深さはいまも健在でした。
 内田晃

【交通】追分宿郷土館へは、しなの鉄道信濃追分駅から徒歩20分。小諸宿(本町)へは、小諸駅から徒歩3分
【問い合わせ】
 追分宿郷土館℡0267(45)1466
 小諸市生涯学習課文化財・生涯学習係℡0267(22)1700
 こもろ観光局・小諸市観光案内所℡0267(22)0568
(7月21日付)


◎つり/アジ・メバル/石川・祖母ケ浦/引きはガンガンでも/〝欲張り〟は禁物

この日の釣果.jpg 船を所有する友人の誘いで、7月21日午前4時40分、石川県穴水町の穴水港より3人で出船。天候が心配でしたが曇り空。湾内なので波がなく湖のような海をポイントめざして進みました。
 7月1日に来たときには、祖母ケ浦と能登半島の切れ目の水面から上る日の出を見ることができましたが、この日は雲が厚く日の出は見えませんでした。

遅れてアタリ

 約30分で能登島の祖母ケ浦沖のポイントに着き、イカリを下ろし固定します。前回はアジ16尾だったので20尾目標と宣言。
 船頭の「いいよ」の声で期待を込めて一斉に投下します。すぐに船頭にアジが来ました。釣友にも来ましたが、私には来ません。仕掛けは新品ではなく前回使用し、補修した物を使ったからかも、と思っていると、しばらくしてやっと大きく引くアジのアタリが来ました。慎重に取り込み、コマセを詰め込み再投入。すぐにピクピクと引く小さなアタリが来て、静かに引き上げると小さなメバルと、スズメダイが3尾釣れました。
 気を取り直して再投入。しばらくするとアジのアタリが来たのですぐに上げず、我慢して追い食いを狙いました。ガンガンと2度3度の引きが来たので、ゆっくり上げると、アジが3尾掛かっていましたが、取り入れるときに一番の大物を海に落としてしまい、残念でした。
つりMAp.jpg 今度は追い食いを狙い〝少し巻き上げては待つ〟を繰り返しました。サオは大きくしなり、上げる途中もガンガンと引き、釣果を期待しましたが、途中で全部逃げられてしまいました。多く掛かると魚が暴れて浮き上がり、仕掛けからアジが外れたりして逃げたらしいです。それ以後、欲張らず、1~2尾ずつ釣ることにしました。

釣友に大物が

 6時半ころアタリがとまりました。上から2本目のハリのギジエがちぎれたのでオキアミを付けました。そのオキアミにアジが食いつきました。「オキアミに来たよ」と釣友に知らせます。6本バリにオキアミを3尾付けて釣りました。飽きない程度にぽつりぽつりと釣れます。釣友に30㌢超えの大アジがきました。8時すぎに船頭が「もう20尾釣れただろうから、最後にしよう」と言ったので最後の一投を気合いを込めて投入しましたが、釣れませんでした。
 8時半に納竿。19~28㌢のアジ26尾、メバル18㌢1尾。釣友は20尾、船頭は30尾でした。
 友人に4尾配り、3日に分けて刺し身、南蛮漬け、焼き魚、アジのたたき、アジフライ、などにして食べました。刺し身にした残り(頭と骨、かま)はあら汁にしました。
 石川・青海楽釣
(8月25日付)


◎つり/マダイ/千葉・九十九里町/初めの3時間は何?/紳士の教えに感謝

釣果のマダイ.jpg 6月26日、千葉県九十九里町の九十九里海釣りセンターに二匹目のドジョウを狙って?釣りに行きました。5月の大型連休に私と妻と来たときに、好釣果だったからです。

タナを合わせ

 ドジョウならぬタイを狙って前回と同じポイントで午前9時に釣りを開始しました。ここは海岸近くの大きな人工の池にタイやヒラメなどが放流されていて、釣行当日も家族連れや若者のグループでにぎわっていました。
 貸しサオは3㍍、移動ウキにオモリとハリのシンプルな仕掛け。前回釣果のあった冷凍イワシの輪切りをつけました。ところがウキはピクリとも動きません。周りではポツンポツンと釣り上げていました。しかし、30分待っても反応がなく、イソメを追加購入して3㌢くらいに切って投入してみても反応がありません。
つりmap.jpg 残り1時間でしびれを切らして、別ポイントの様子をのぞきに行きました。すると、60代くらいの紳士に遭遇しました。お話をうかがうと、全国大会優勝経験もあるプロで、釣り具メーカーのテスターをしていて、多くの釣り師が教えを仰ぎに来るとのことでした。私が「1尾も釣れない...」と弱音を吐くと、「タナが合ってなきゃ釣れないよ。同じ池でも場所によって数十㌢も違う。オレは3㌢刻みでアワセてるよ」と、ウキと重りの長さを調整してもらいました。そして、「イソメは切らずに一匹丸ごとつける。そして、アタリのあるタナに合わせて、エサを動かして数秒待つ...」との教え。すると、いきなり強い引きでサオがしなり、リールの糸が引き出される。数分かけて慎重に取り込むと50㌢のマダイ、オデコを回避できました。

仕掛けもらう

 残り30分、釣り紳士が帰り際に、「こっちの仕掛けの方が釣れるよ。自分のサオがあるなら使ってみたら」と、針4号ハリス2号70㌢にガン玉4号の仕掛けをもらいました。「残り30分で車からサオを出して?」と迷いましたが、オデコは回避していたので「挑戦!」と、サオによりもどしと仕掛けをつけ、ウキをつけずに大急ぎで投入。残り15分。底から20~30㌢のところで止めると、わずかなアタリがサオに伝わってきます。釣り紳士の教えを再現してゆっくり誘うと、再び強い引き。50㌢がもう1尾上がりました。その後、続けて20㌢が2尾。4時間ピッタリ、20~50㌢のマダイ4尾で、午後1時に終了しました。
 それにしても、初めの3時間は何だったのでしょう? 釣り紳士に感謝です。「徒然草」の一節「すこしのことにも、先達はあらまほしきことなり(少しのことにも、指導者はあってほしいものだ)」とは、まさにこのことだと実感しました。
 釣ったタイは、アクアパッツァ、刺し身などにして、食べました。
 千葉・三太郎先生
(7月21日付)

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