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2023年11月9日(木)

2023焦点・論点

国立大学法人法改悪案

京都大学教授 駒込武さん

瀕死の大学自治に“死刑宣告” 多国籍企業が稼ぎやすい場に

 岸田文雄政権は、今国会に国立大学法人法改悪案を提出し、大規模な国立大学5校に新たな合議体「運営方針会議」の設置を義務づけ、中期計画や予算編成といった重要事項の最終決定権を与えようとしています。問題点を京都大学の駒込武教授に聞きました。(佐久間亮)


 ―法案では、合議体の委員は文部科学相の承認事項になっています。委員の半数以上を大学の構成員以外とし、経営能力が高い人物を充てるとの政府方針がすでに出ており、教育・研究にかかわることは大学が自律的に決めるという大学自治は大きく変容します。

 今回の法案は、瀕死(ひんし)の状態にある日本の大学自治に最後のとどめを刺す、死刑宣告です。

 今年は国立大学が法人化されて20年目です。大学の自律性を高めるという説明とは裏腹に、この間、国立大学の自治と自律性は大きく壊されてきました。

 国立大学向けの運営費交付金が1割以上削られ、学長選考に政財界の意向が及びやすい仕組みもつくられました。国が一方的に定めた指標の達成状況に応じて各大学への交付金額が増減するようにもなり、多くの学長は、予算を少しでも増やすため文科省の意向を忖度(そんたく)するようになっています。

 合議体の委員を文科相の承認事項としたことは、委員選定への政府の関与が形式的任命にとどまらないことを示唆しています。大学側は政府の意向を忖度し、初めから拒否されそうな人物は選ばなくなるでしょう。

 政府に承認された学外者が多数を占める合議体が中期計画や予算を決めるようになり、政府による大学支配が完成されます。

 ―法案には、大学による債券発行や保有する土地利用に関する規制緩和が盛り込まれました。資金不足に多くの大学が苦しむなか期待の声もあります。

 最近、金沢大学が老朽トイレ改修にかかる1億円の一部をクラウドファンディング(インターネットを活用した募金)で集め話題になりましたが、国立大学はいま教育・研究に最低限必要なものもそろえられない状況に陥っています。

 他方で、岸田政権は大学などの研究成果を取り込むための防衛省の新たな研究機関創設に200億円以上投じる計画です。軍事研究には膨大な予算を割く一方、金沢大学が学生に清潔で安全なトイレを用意するために必要な1億円はないとされるわけです。

 運営費交付金の削減に苦しむ大学にとっては、債券発行や土地利用の規制緩和は魅力的にも見えます。実際は高等教育に対する政府の責任放棄と国立大学の経営危機がいっそう深刻になります。

 大学は基本的に収益を上げられる組織ではありません。債券が償還できなくなって財政破綻すれば、教育・研究機関としての役割が果たせなくなります。そのため、以前は大学病院の整備など収入が見込め、償還確実性が高い事業にしか債券発行は認められませんでした。

 今回の法案では「先端的な教育研究の用に供する」という名目をつければ、事実上なににでも債券を発行できます。教育・研究に不可欠なものでも、交付金ではなく債券発行で賄えという力が働くようになるでしょう。

 債券発行は2020年にも緩和されており、筑波大学は昨年、年利約1・6%の債券を発行し200億円を調達しました。利払い費だけで年間3億円を超える負担が大学にのしかかる一方、投資家には巨額の利益がもたらされています。

 国立大学のなかには広い一等地を保有している場合があり、土地利用の規制緩和で大学の土地を企業のビジネスチャンスに活用することも狙われています。

 昨年の大学設置基準見直しで、それまで原則必要とされていた運動場や体育館、「なるべく」備えるとされた寄宿舎(学生寮)が「必要に応じて」でよくなり、原則必要だった学生控室や必置とされていた図書館閲覧室は削除されました。

 現在大学を利用している教員や学生の有用性を犠牲にしてでも、資金を稼ぐために施設を廃止し、跡地を企業に貸し出す動きが起きかねません。日本社会全体を多国籍企業にとって稼ぎやすい場にしようとする実践の一環として大学「改革」を捉える必要があります。

 ―大学自治の破壊は日本の社会にどのような影響を与えるでしょうか。

 大学の自治は政財界の有力者が大学を私物化する傾向への歯止めとなってきました。今やその歯止めが破壊されようとしています。

 そこで失われるのは、大学の自治や学生の自治であるばかりでなく、自治をする能力であり、それを育てることのできる空間です。地方自治体も国からの予算減で疲弊した状態で「稼げる自治体」となることを迫られています。

 2000年代に多くの地方自治体が合併で消滅したように、戦後改革の1県1大学原則に従って設立された国立大学が県境を越えて再編・統合されようとしています。その先に予見されるのは、稼ぐことを自己目的化した大企業がローラーをかけるように多様な自治的空間を押しつぶし、自治体も大学も衰滅した社会です。それは民主主義の死も意味しています。

 大学の自治だけが大切なのではなく、未来の市民が自治を担う主体として成熟できる空間を保つことが大切なのです。自治の存在しない空間で自治を担う主体が育つことは困難だからです。

 岸田政権の推し進める大学「改革」は、長期的に見て、日本社会の大きな損失につながると思います。

合議体設置が義務付けられる5校

 東北大 東大 東海国立大学機構(名古屋大・岐阜大) 京大 大阪大

 こまごめ・たけし 京大教授、「『稼げる大学』法の廃止を求める大学横断ネットワーク」呼びかけ人、編著『「私物化」される国公立大学』


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