2023年3月26日(日)
主張
孤立死産無罪判決
女性を追い詰めない社会こそ
熊本県内の自宅に死産した双子の遺体を遺棄したとして、ベトナム人の元技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさんが死体遺棄罪に問われた事件で最高裁は、有罪とした一、二審判決を破棄し、無罪を言い渡しました。リンさんは妊娠が分かれば帰国させられるとおびえ、誰にも相談できないまま孤立出産しました。遺体は隠したのでなく後に埋葬するつもりでした。刑事罰を科すこと自体に無理がありました。真実を訴え続けたリンさんの勇気あるたたかい、無罪を求める署名が9万5000人以上寄せられるなど支援の広がりが逆転無罪を勝ち取りました。
人権侵害の技能実習制度
リンさんは2020年、遺体をタオルに包み、子どもの名前や弔いの言葉を書いた手紙と一緒に二重の段ボール箱に収め、テープで封をして自宅の棚に置きました。一、二審は、埋葬準備といえない、隠す意図があったなどとして有罪にしました。最高裁は、リンさんの一連の行為を具体的に検討した上で、死体遺棄罪が成立する「習俗上の埋葬と相いれない処置」とは認められないと述べ、遺棄には当たらないと結論づけました。
改めて問われるのは、リンさんを孤立出産に追い込んだ外国人技能実習制度のあり方です。リンさんは18年から技能実習生として農園で働いていました。来日費用150万円は借金でした。給与の大半は家族への仕送りや返済にあてられていました。妊娠した実習生は帰国させられると聞き、雇用主に話すことはできませんでした。言葉もよく分からず、周囲の支えのない異国での過酷な生活の中で、孤立を深める姿が浮かびます。リンさんと同じ困難を抱える実習生は少なくありません。
実習生も日本人と同じ労働関係の法律の対象で、妊娠や出産を理由にした解雇は禁じられています。しかし、出入国在留管理庁の22年の調査(実習生650人が回答)では26・5%が「妊娠したら仕事を辞めてもらう」などと言われていました。母国の送り出す側からも、日本の受け入れ側の団体などからも圧力がありました。厚生労働省調査では、妊娠・出産で実習を中断した女性のうち実習再開を確認できたのはごくわずかです。
技能実習制度は、「技能移転」による「国際貢献」を名目に始まりましたが、外国人に低賃金・単純労働を強いているのが実態です。賃金未払いやピンはね、強制帰国、暴行や性暴力など人権侵害の横行は、国際社会からも厳しい批判を浴びています。
政府は有識者会議を設け、制度の見直し議論を始めました。構造的矛盾を解決するには、制度の廃止に踏み切ることが必要です。
自ら決める権利の保障を
孤立出産は実習生だけの問題ではありません。望まない妊娠で追い詰められ、一人で出産するケースがうむ悲劇も少なくありません。多くの場合、親からの虐待、交際相手からのDV、家庭の貧困などが背景にあります。支援体制の拡充が求められます。妊娠・出産を女性自ら決める権利が保障される社会にすることが急務です。
リンさんは無罪判決を受け、「妊娠に悩んでいる実習生や女性の苦しみを理解し、安心して出産できる社会に日本が変わってほしい」と語りました。この言葉を重く受け止めなくてはなりません。