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2023年3月14日(火)

放送法の解釈変更 介入の狙い

「戦時報道体制」安倍政権の執着

 「戦争国家づくり」と一体の放送法の解釈変更へ、首相官邸が総務省に圧力をかけていた事実が行政文書で明らかになりました。放送法1条と憲法21条に明記された表現の自由への侵害です。放送法の「政治的公平」を、「放送局の番組全体」で判断から「一つの番組」でも判断できる、に変更した問題の本質は何でしょうか。総務省の行政文書に基づいて見ていきます。(肩書は当時)

 (放送問題取材班)


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 従来、総務省は「政治的公平」について「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」としてきました。一つの番組である政党の主義主張を紹介しても、別の番組、あるいは別の日に他党の紹介をしていれば、「全体としてバランスが取れている」と判断されます。

 しかし「一つの番組」でも判断できるとなれば、さまざまな主義主張を一つの番組に詰め込まなければなりません。「補充的説明」どころかまったくの「変更」です。話を聞いた総務省出身の山田真貴子首相秘書官が「放送法の根幹に関わる話ではないか」(2015年2月18日)と驚いたのも当然です。

誰が「公平」判断

 さらに問題なのは、「政治的公平」を判断するのは誰なのか、安倍晋三首相ら官邸の認識が間違っていることです。

 判断するのはあくまで放送局です。また視聴者は誰でも「政治的公平」についてBPO(放送倫理・番組向上機構)に申し立てできます。高市早苗総務相も政治的公平について「判断するのは誰?」と総務省に確認し「一義的には放送事業者」との説明を受けています(2月13日)。

 しかし安倍首相や礒崎陽輔首相補佐官は、個人的な好みで「極端な例をダメというのはいい」(安倍氏、3月5日)、「けしからん番組は取り締まる」(礒崎氏、同6日)と語っています。「政治的公平」を権力が判断したらどうなるのか。権力に従わない放送内容について「偏っている」と断罪できることになります。だから山田秘書官は「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」(2月18日)と懸念したのです。

 加えて、解釈変更を指示したのは誰なのか。文書から浮かび上がるのは、安倍首相が解釈変更に強い意欲を見せていたことです。実行者は礒崎補佐官ですが、首相の意をくんで先兵の役割を果たしたにすぎません。

 端的なのは礒崎氏の「この件は俺と総理が二人で決める話」(2月24日)という発言です。解釈変更に否定的だった山田秘書官が安倍首相の前向き姿勢を見て「本件についてはしばらく『静観』したい」(3月13日)と距離を置いたのも、発信源が誰かを知ったからにほかなりません。

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(写真)安倍政権のテレビ報道への介入に抗議する人たち=2015年、東京都内

少ない軍拡検証

 当時、安保法制を巡る国会審議を前に、「報道ステーション」(朝日系)の古舘伊知郎氏や「ニュース23」(TBS系)の岸井成格(しげただ)氏らが、政権の横暴に批判的な立場から厳しく追及していました。ジャーナリズムの本質は権力の監視であり、とりわけ「戦争をさせない」ことです。権力者が勝手に「政治的公平」を判断し、安保法制=戦争法に反対する意見を「極端な例」「けしからん番組」と規定したら、山田秘書官の言う通り「言論弾圧」です。

 安倍政権下では放送法の解釈変更をさらに進め、高市総務相は番組内容に偏りがあると認定すれば電波停止を命令できる(16年2月)、との考えすら表明しました。完全に誤りですが、当の放送局がすでに及び腰でした。同年4月の改編で古舘・岸井両キャスターと、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターが相次ぎ降板します。

 結果として、テレビジャーナリズムから政権監視の力が大幅に失われました。5年で軍事費43兆円、敵基地攻撃のためミサイル爆買いという“岸田大軍拡”の検証報道がどれほどされているでしょうか。

 日本共産党の志位和夫委員長が9日の記者会見で指摘した通り「政府は今なお放送の自由を縛り、侵害し続けている」のです。解釈変更の撤回と関係者の国会招致、真相の全面解明が求められます。

放送法1条

 この法律は、次に掲げる原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。

 1 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

 2 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。

 3 放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

憲法21条

 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

圧力に屈せぬ報道の力量必要

法政大学名誉教授 須藤春夫さん

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(写真)須藤春夫さん

 総務省が明らかにした「政治的公平」の解釈変更をめぐる行政文書は、安倍晋三政権下の2014年から2年間、官邸が総務省に圧力をかけて放送局に介入する手だてを講じた生々しい記録だ。

 歴代自民党政権の中でも、安倍政権はメディア介入に異常な執着をもっていた。理由は、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使を基に戦争国家に向けた戦時報道体制(臺〈だい〉宏士氏の指摘)をつくりあげる必要があったからだ。

 放送法は「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」を目的にしている。軍事体制の強化を進めてきた安倍政権、それを引き継ぐ岸田文雄政権にとってこの目的は邪魔だ。その破壊に安倍官邸が画策したシナリオは、法解釈の変更を繰り返して放送の自由を侵害し、放送局に政権への忖度(そんたく)や萎縮をもたらす狙いにあった。民主主義の発達に必要な放送局の政権監視と情報伝達を機能不全に陥らせるためである。この状況は今に続き、放送が再び「新しい戦前」をつくりかねない危険がある。

 政権の圧力に屈しないメディアの力量が求められる。同時に放送法の「政治的公平」は法的規制ではなく放送局の倫理規制であり、公平は「一つの番組」ではなく「放送局の番組全体」から判断する解釈に戻さなければならない。


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