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2022年3月17日(木)

2022焦点・論点

ウクライナ侵略

弁護士・伊藤塾塾長 伊藤真さん

「自衛」の名目で始まる戦争 その歯止めこそが憲法9条

 ロシアのウクライナ侵攻を利用し、日本では憲法9条廃止、日米軍事同盟強化、核兵器共有、非核三原則の見直し論が言い立てられています。立憲主義の立場から発信を続ける弁護士で伊藤塾塾長の伊藤真さんに聞きました。(豊田栄光)


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いとう・まこと 1958年生まれ。弁護士、伊藤塾(法律資格の受験指導校)塾長。日弁連憲法問題対策本部副本部長。「安保法制違憲訴訟の会」共同代表

 ―武力行使を原則違法とした国連憲章に反して、ロシアはウクライナを侵略しました。

 私は1931年(昭和6年)の「満州事変」を思い出しました。当時の日本は、鉄道権益と日本人の居留民保護を名目にして中国大陸に派兵しました。そのうえで鉄道爆破という謀略事件を起こし、中国東北部を占領し、かいらい政権の「満州国」を建国しました。

 あらゆる戦争は「自衛」の名目で正当化され、始まります。かつての日本も、今回のロシアも同じです。

 当時の日本は情報統制や弾圧があったとはいえ、多くの国民は戦果に熱狂しました。

 仮に、“戦争を求める”世論が盛り上がって、その声を受けた者が政権に就いたとしても、政府が「自衛」の名において他国へ軍事侵攻をできないようにしたのが日本国憲法9条です。私はいかなる名目の戦争もさせない「合理的自己拘束」と呼んでいます。

 侵略戦争の放棄は国際社会の常識ですが、憲法9条のように、自衛の名においても他国への軍事侵攻を禁止しない限り、プーチン大統領のような戦争を望む為政者に対する歯止めにはならないことがはっきりしました。

 ―先制攻撃を意味する「敵基地攻撃能力」の保有が議論されています。

 「敵基地攻撃能力」の本質が、今回のロシアの行動ではっきりと理解できます。単に敵のミサイル施設をミサイル発射前に攻撃する能力を保有するということではなく、ロシアが行ったように、先制攻撃によって、いち早く敵国の空港などを攻撃して、制空権を確保する能力を日本が持つということです。

 米軍との軍事一体化の下で「敵基地攻撃能力」を持つことは、本格的な戦争のための能力を強化することに他なりません。現行憲法の下で、「敵基地攻撃能力」を持ち、普通に戦争ができる国になることは、立憲主義に明らかに違反します。

 ―国連や憲法9条は無力だから、日米軍事同盟の強化を、という声がでています。

 軍事同盟は仲間はずれ、つまり仮想敵をつくります。当然、仮想敵とされた国は脅威を感じて、軍備拡張に乗り出します。これは至極当然です。だから軍事同盟自体が軍拡を推進し、平和を脅かす仕組みといえます。

 仮想敵のソ連が崩壊したことで、北大西洋条約機構(NATO)はその存在意義を問われました。ロシアを含め旧東欧の国々を、みな仲間にしようと思えばできたはずです。

 なぜ仮想敵が必要だったのか。それは軍需産業のためです。紛争が起きれば軍需産業はもうかります。脅威がなければ軍縮に向かいます。

 軍事同盟は脅威に対しては軍事力で対処します。「抑止力」とよくいわれますが、憲法9条廃止や日米軍事同盟強化を主張する人たちがいう「抑止力」は、「軍事的抑止力」のことです。しかし、軍事以外にも経済的結びつきや、国際交流、日常的な友好外交などによる「抑止力」があるはずです。

 「軍事的抑止力」で国を守るとするなら、他国が保有する核兵器を上回る核兵器を日本が保有しなければなりません。通常兵器も同じで、当然、軍事費は巨額になり、経済や国民生活向けの予算は削減されます。

 「攻められたらどうする」ではなく、「攻められないためにどうする」という視点がとても大切です。「攻められたらどうする」というのは、軍事的な緊張を高める危険な発想です。

 ―ロシアは核兵器の使用を示唆しました。

 私は、核兵器の使用を示唆する国にたいしては、こちらも核兵器を使う覚悟がないと、「核抑止力」は働かないと感じました。しかし、それは許されないことです。ロシアの核の脅しではっきりしたことは、核兵器禁止条約こそが有効で、必要だということです。

 この条約は核兵器の保有も使用の威嚇も違法としています。人類がめざすべきは核兵器の廃絶で、そのために最も有効な手段が核兵器禁止条約です。一部の政治家は「米軍の核兵器を日本に配備する核共有」や「非核三原則の見直し」を主張していますが、教訓の導き出し方が間違っています。

 ―東南アジア諸国連合(ASEAN)はASEAN地域フォーラム(ARF)を主催し、そこには日米中ロはじめ北朝鮮も参加しています。仮想敵をつくるのではなく、みんなで対話をしようという外交を展開しています。

 どこかの国を排除せず、包摂によって平和を創造するASEANのやり方は、「恐怖を振りまく」のではなく「安心を供与」するものです。軍事的抑止ではなく、対話によって未然に戦争を防ぐ考え方です。

 「話し合いも国連も無力、やはり集団的自衛権を行使する軍事同盟が必要だ」という主張は、武力行使や戦争がまかり通った20世紀前半の世界に逆戻りさせることです。

 憲法9条廃止や軍事同盟強化、核兵器の共有などを議論する必要はありません。これは「軍事力には軍事力」でという「力の論理」に固執することです。議論すること自体が、諸外国に脅威をあたえることになるのです。


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