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私と資本論

自由に読み、語れる言論環境

フランス文学者・神戸女学院大学名誉教授
内田樹さん

写真:内田樹

 「私と資本論」というタイトルで寄稿依頼された。引き受けておいてどうかと思うが、実は私は『資本論』を完読したことがない。あちこちつまみ食い的に拾い読みしているうちに長い歳月がたってしまった。

さいわい、いま、『若者よマルクスを読もう』というマルクスの入門書シリーズを、経済学者の石川康宏さんと共著で書いている。『共産党宣言』から始まって、『経済学・哲学草稿』『ヘーゲル法哲学批判序説』『ユダヤ人問題によせて』『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』『フランスにおける内乱』など順調に解説を書き上げ、残すは『資本論』ただ一冊となった。

 だから、たぶん今年中には完読することになると思う。『資本論』の完読を古希まで先送りにしても、マルクスについて論じるに支障はないと知れば、『資本論』未読の諸君も安堵するのではないかと思う。

 ただ、そういう芸当ができるのは日本だけかもしれないということは申し上げておかねばならない。というのは、日本はマルクス研究の蓄積においては、かつてマルクス主義を国是と称していた国々や、マルクスの「本国」であるドイツやイギリスに比べてもまったく遜色のない「マルクス研究先進国」だからである。

 日本には百年を超えるマルクス研究の蓄積がある。だから、私のような素人が一知半解のマルクス研究書を書いても誰からも叱られないのである。どのような新しい解釈を思いついても、容易には揺るがぬ学問的正系の大黒柱が立っているので、誰でもが自由にマルクスを読み、自由に語ることを許されている。学問的蓄積の厚みがある国では、「開かれた言論」を享受できる。それが政府や党がマルクス解釈を専管している国との違いである。

 私たちの『若者よマルクスを読もう』は中国語訳されて、中国共産党の「党幹部必読図書」に指定された。申し訳ないような話だが、それは書き手の手柄ではない。「中国人には決して書けないマルクス論」が日本人には書けるのは、ことマルクスについては闊達で自由な言論環境が日本にはあるということなのである。これは日本が世界に誇ることのできる数少ない知的卓越の一つである。

「しんぶん赤旗」2020年1月22日


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