2025年10月31日(金)
2025焦点・論点
日本の搾取率と『資本論』
大阪経済大学名誉教授(経済統計学) 泉弘志さん
賃上げや労働時間短縮の根拠 「自由な時間」広がる未来社会
日本の労働者はどれだけ搾取されているのか、日本共産党の志位和夫議長は『Q&Aいま「資本論」がおもしろい』(赤本)の中で、1日8時間労働のうち4時間18分と指摘しました。その基になる推計をした大阪経済大学名誉教授の泉弘志さん(経済統計学)に、マルクスが発見した剰余価値とは何か、日本では実際にどうなっているのか、を聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)いずみ・ひろし 1944年徳島県生まれ。大阪経済大学名誉教授(経済統計学)。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。京都大学経済学博士。経済統計学会会長などを歴任。著書に『剰余価値率の実証研究』、『投下労働量計算と基本経済指標』など。 |
―志位さんが紹介したのは、泉さんの論文「現代日本の剰余価値率と利潤率 1980年~2000年の推計」(『経済』2009年1月号)の中にある剰余価値率の推移を示す表から換算したものです。
志位さんが私の推計を基に必要労働時間と剰余労働時間を紹介されていることを知り、大変うれしく思いました。さっそく大阪駅近くの梅田の本屋に行って山積みされている中から購入し、最後まで読みました。
この本は非常にわかりやすくて、多くの人が『資本論』そのものを読んでみようかと思えるように、面白く、興味深く書いてあり、さすがだなと感心しました。
労働者の労働時間は、必要労働時間と剰余労働時間に分けることができます。必要労働時間は、労働者が生活していくのに使われる商品、つまり賃金で購入される商品を生産するのに必要な労働時間です。
剰余労働時間は、労働者の全労働時間から必要労働時間を差し引いた残りで、資本家が労働者から搾取した時間であり、利潤の源泉です。剰余価値率は、剰余労働時間を必要労働時間で割った値で、搾取率を表します。
私の論文では、2000年の全産業平均で、必要労働時間が1037時間、剰余労働時間が1210時間、剰余価値率は116・7%と推計しています。これを1日8時間労働に換算すると、志位さんが書いているように、必要労働時間が3時間42分、剰余労働時間が4時間18分になります。
![]() (写真)『資本論』のおもしろさをテーマに学生と対話する日本共産党の田村智子委員長(右から2人目)=7日、東京都新宿区 |
―泉さんは長年、剰余価値率を研究されていますが、マルクスの理論による現実の解明の意義をどう考えますか。
00年の剰余価値率の推計は、労働者が生産で商品に付け加えた価値のうち、自分が生活するために必要な労働力の価値より、資本に奪われる剰余価値が1日8時間労働で36分、年間労働で173時間も長いことを示しています。
これはマルクスの理論に基づき、データを活用して計算した結果で、日本における搾取の現実です。
私は経済統計データを使って実際に搾取の実態がどうなっているかを研究してきました。もともとマルクスの理論は現実に基づいてそれを科学的に説明している理論です。だから、マルクスの時代よりデータが豊富になり、コンピューターが発達している今、それを使って研究すれば日本や世界の搾取の実態をより明らかにできるわけです。
ただ、現実の経済は複雑であるし、統計データもいろいろな問題を持っていますので、それから正しく数量的に結論を出すというのは、相応に難しい問題です。
剰余価値率の推計では、金額データで社会全体の利潤総額、賃金総額を求めてそれらの比率で計算する方法と、各商品を生産するのに必要な労働時間(原材料、機械設備等を生産するのに必要な労働時間も含めて)を求め、これを使って必要労働時間、剰余労働時間を算定し、その比率として計算する方法があります。
私は労働時間による剰余価値率推計が理論的に正しいという立場で研究してきました。
志位さんが『資本論草稿集』を引用しつつ、剰余労働時間は不払い労働であるとともに、本来労働者が持っている「自由な時間」が資本家に奪われているのだと指摘されているのは、私にも新鮮に響きました。
労働時間や生活時間も含めて、「時間は人間の発展の場である」(『賃金・価格・利潤』)というマルクスの根本的な考えに着目している点は、私たち研究者も学んでいかなければならない論点だと思います。
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―泉さんの論文では80年、90年、00年の剰余価値率を推計しています。そこから、どんなことが分かりますか。
労働者1人当たりの年間平均労働時間は少し減少し、労働者1人当たり年間賃金は上昇しています。しかし、必要労働時間(労働力の価値)は減少し、剰余価値率は80年に97・3%、90年は107・3%、00年は116・7%と上昇しています。
剰余価値率が上がったのは、労働の生産力が上昇したことで必要労働時間が減少したからです。ここにはマルクスの理論が現実の日本に表れていることが分かります。
労働時間を長くして搾取を拡大する絶対的剰余価値の生産には限界があるので、機械など生産方法の変革によって労働の生産力を上げて労働者の生活必需品をより少ない時間で生産できるようにし、必要労働時間を短くする相対的剰余価値の生産で搾取を拡大しているのです。
これをより新しいデータで計算したらどうなるか、若い研究者が引き継いで研究を進めてくれることを期待しています。
―貧富の格差が広がる今、『資本論』を学ぶ意義についてはどうですか。
私は、労働者が全体として資本に搾取され、剰余価値あるいは利潤を巻き上げられている実態、資本主義のもとでの資本と労働の格差を研究してきました。『資本論』はそれを明らかにするうえで指針になるものです。
世界各国についても、データに基づいて研究できるし、やる必要があります。『資本論』は、それらと関連させながら読めば、一層面白くなると思います。
労働者にとって『資本論』は賃上げや労働時間短縮を要求する根拠になります。さらに、搾取をなくせば、高い生産性を基礎にした豊かな生活、「自由な時間」を拡大して「全面的に発達した人間」による未来社会を描くことができます。
日本における剰余価値率計測は1924年、大正13年から始まり、私もそのうちの一人として60年間一生懸命やってきたけれども、まだまだ解決されない問題もあります。しかし、これまでの多くの経済統計研究者の推計を参考にしていただければ、『資本論』を深く理解していく上でも役立つだろうと思います。
私たち経済統計研究者も、より正確で、より全面的に実態を反映するものにするために、多くの人のご意見を参考にしながら、研究を深めていきたいと考えています。











