2025年9月20日(土)
2025焦点・論点
イスラエルの占領とジェノサイド
映画「壁の外側と内側―パレスチナ・イスラエル取材記」監督・中東ジャーナリスト 川上泰徳さん
家・学校の破壊、暴力が占領の日常 人道危機打開へ市民が声あげよう
パレスチナ自治区ガザでイスラエルによるジェノサイド(集団殺害)が続く中、ドキュメンタリー映画「壁の外側と内側―パレスチナ・イスラエル取材記」が日本で上映されています。イスラエルがパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の間に建設した700キロに及ぶ分離壁。その外と内で何が起こっているのか、ガザの人道危機を打開するにはどうしたらいいのか、監督を務めた中東ジャーナリストの川上泰徳さんに聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)かわかみ・やすのり 1956年生まれ。中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・編集委員、カイロ、エルサレム、バグダッド特派員。著書に『シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年』『中東の現場を歩く』『ハマスの実像』など。 |
―川上さんが昨年7月から8月の1カ月間、現地取材し、映画化したきっかけは何ですか。
イスラエルの常軌を逸した攻撃でガザの人道危機が深刻化する背景に何があるのかを探り、伝えるためです。そのためには、紛争のニュースだけではなく、パレスチナとイスラエルの日常を知らなければ理解できないと思ったからです。
日本人の平和な日常と彼らの戦争の非日常との乖離(かいり)が大きすぎるわけです。それを埋めるため、パレスチナ、イスラエルの人びとがどういう日常を生きているのかを取材しました。
ヨルダン川西岸はガザや東エルサレムとともに、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した地区で、取材したのはその最南端です。パレスチナの中でもイスラエルが軍事地域・演習場に指定している場所で、羊飼いで生計を立てるパレスチナ人たちがいました。
そこではイスラエル軍がブルドーザーで住宅や学校を壊し、道をせき止め、武装した入植者が暴力を振るって羊を盗むなどの蛮行が横行していました。パレスチナ住民が生活できないように圧力をかけ、排除しようとしているのです。それがニュースにならないのは、イスラエルの占領がもたらす日常だからです。
家を破壊されて先祖が住んでいた洞窟住居で生活せざるをえなくなっても、軍事演習で外に出られず不当な家宅捜索にあっても、この土地を離れようとしないのはなぜか。
爆発物で片手を失った羊飼いの男性は「私はここに生まれ、ここで糧を得ている」「どんなことがあっても、ここで羊を飼って、自分が家族を養っていくしかない」と言いました。イスラエルの占領による圧力を受けながらも、この地で生活を維持し継続することが民衆の抵抗なのです。
それが分かると、2007年にイスラエルの封鎖下に置かれ、「天井のない監獄」と言われるガザの現実が見えてきます。イスラエルがハマスの実効支配を口実にしても、民衆全体の封鎖は集団懲罰であり、国際人道法違反です。こういう占領の日常があって、パレスチナ側が抵抗する構図になるわけです。
![]() (写真)イスラエルで兵役拒否を宣言した若者たちの抗議集会=2024年8月、テルアビブ郊外で ![]() (写真)地上の住宅を破壊され地下の洞窟住居に住み始めたパレスチナ人の村民 ![]() (写真)学校が破壊された地区の地区長(写真はいずれも川上泰徳さん撮影) |
―イスラエル側の取材で分かったことは何ですか。
イスラエルはホロコースト(ナチスによるユダヤ人大虐殺)で迫害を受けた歴史を持っているのに、なぜガザで多数の子どもを含め6万5千人超もの死者を出すジェノサイドを続けているのか。
ネタニヤフ政権で連立を担っている極右は、約50万人の入植者を支持基盤としています。イスラエルは2000年前のユダヤ王国から追われたユダヤ人が「神から与えられた地」であるパレスチナに国をつくるというシオニズム思想に立って建国された国ですが、極右は占領地で入植地を拡大し、パレスチナ人を排除しようという勢力です。パレスチナ国家の独立に反対する右派のネタニヤフ首相は、政権維持のために極右の要求を受け入れざるをえず、パレスチナ人を排斥する戦争をエスカレートさせています。
私がエルサレム特派員だった01年に兵役拒否の手紙を出した若者を取材したことがあります。その後ジャーナリストになった彼に再会して話を聞くと、「イスラエルの新聞やテレビは占領地のこともガザのことも報じないので、国民は何が起こっているか知らない」と語りました。
インターネットやSNSで知ることができるのに、主要メディアが伝えないと多くの国民は不都合な加害の事実を知ろうとしない。国際刑事裁判所がネタニヤフ首相に逮捕状を出しても、それを見ようとしない状況がイスラエルの日常です。それは人ごとではなく、戦争の危機が高まれば、日本でも同じようなことが起こる危険があります。
―そういうイスラエルで高校を卒業した若者3人が兵役を拒否する姿は感動的ですね。映画の反響はどうですか。
兵役拒否の若者たちは「インターネットでガザの現実を知り、こんな軍隊に参加できないと思った。兵役を逃れるだけでなく、兵役拒否を宣言して、戦争に反対しようと考えた」「私はガザのジェノサイドと残忍な占領を拒否する」と言いました。兵役を拒否すれば収監され、軍事裁判により服役する者もいます。国家に対峙(たいじ)するのは簡単なことでなく、若者たちのけなげさ、勇気に希望を感じました。
この映画を見た観客からは「ずっとガザのニュースを見てきたけど、自分が何も知らないことが分かった」「パレスチナとイスラエルについて知らないことばかりだった」という反応がすごく多いんです。パレスチナと言えば結局紛争のことしか知らず、そこで人がどう生きているかという日常を知らなかったのです。日常を伝える大切さを痛感しました。
―イスラエルの攻撃によってガザでの人道危機は極限状態に達し、ヨルダン川西岸で暴力が激化する中、今どういう取り組みが必要でしょうか。
ガザの人道危機は、イスラエルが病院や学校、住宅、難民キャンプなどを無差別に空爆して民間人多数を犠牲にし、国連が行っていた食料や医療の支援も絶って子どもの餓死が広がるなど深刻さを増しています。
この事態を打開するために日本を含めて国際社会がしなければならないことは、イスラエルによる国際法違反の攻撃、ジェノサイドを一刻も早くやめさせることです。
国際人道法も機能しない状況を許せば、それが世界中に広がる危険もあります。だから、イスラエルの無法な蛮行を放置してはいけないし、市民としても人道危機を止めるために何ができるか考える必要があります。
私が映画を作ったのも、市民が自分の問題として考えてほしいからです。こんな非人道的な戦争は許せないと怒り、声を上げていくことが、政府をも動かして停戦を実現する力になると思います。












