2025年9月4日(木)
2025焦点・論点 戦後80年
日中韓3国共通の歴史教材
早稲田大学名誉教授(日本近現代史)大日方純夫さん
戦争の過去から平和な未来へ 侵略と植民地支配の反省こそ
日中韓3国で共同編集した共通の教材『新・未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史』が間もなく刊行されます。戦後80年の今、日本の侵略戦争を否定する極右・排外主義の台頭をどうみるか、新教材の役割は何か、執筆に携わった早稲田大学名誉教授の大日方純夫さん(日本近現代史)に聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)おびなた・すみお 1950年長野県生まれ。早稲田大学名誉教授。日本近現代史。著書は『警察の社会史』『はじめて学ぶ日本近代史』(上・下)『自由民権期の社会』『日本近現代史を生きる―過去・現在・未来のなかで』など多数。 |
―参院選では参政党の神谷宗幣代表が「日本軍が中国大陸に侵略していったのはうそです」などと訴えました。歴史を偽造する勢力の台頭をどう見ますか。
今、世界的な動きとして米国、ドイツ、イタリア、フランスなどで自国中心の極右・排外主義勢力が台頭する流れが広がっています。それに連動して日本でもそうした主張が違和感なく受け入れられる状況になっていることが、一番危惧するところです。
しかし、こうした日本での言説は別に目新しいものではありません。1990年代半ばから出てきた歴史認識の揺り戻し・逆流の動きにつながるものだと思います。特に教科書問題をテコとして登場してきた「あの戦争は良かった」「侵略なんてなかった」という主張と同じです。
「慰安婦」問題で日本軍の関与を認めた93年の河野洋平官房長官談話、植民地支配と侵略への「痛切な反省」を表明した戦後50年の村山富市首相談話などの政府の歴史認識が90年代前半に示されました。
こうした動向に対するバックラッシュ(反動)として「自由主義史観」などが登場し、日本の侵略を肯定する主張を展開しました。「自虐史観」「東京裁判史観」という言い方で、戦後蓄積してきた戦争認識を否定する逆流です。
![]() (写真)『新・未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』 |
―歴史修正主義は歴史教科書にも悪い影響を与えていますね。
97年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」が戦後の歴史観を否定する教科書を出版し、2001年には文部科学省の検定を通過しました。
同じ97年に結成された日本最大の右翼組織・日本会議は、教育分野では国旗国歌法制定、中学校教科書の日本軍「慰安婦」記述の削除、南京大虐殺事件記述の改悪、教科書検定制度の改悪、教育基本法の改悪などを推進しました。
こうした逆流に対し、02年に日中韓の歴史学者や教育者が共同で対話を深めながら平和をつくる基盤となる共通の歴史教材づくりを始め、まず05年に最初の本を刊行したわけです。誤った歴史認識を単に批判するだけでなく、歴史に学び平和な未来をつくろうとする作品を目指す挑戦でした。
しかし、その後も右翼勢力に支えられた安倍晋三政権は米国の戦争に参戦する体制づくりとともに、教育と教科書記述の改悪を推進しました。この逆流が今日の極右・排外主義勢力の台頭につながっています。
![]() (写真)「少女像」について取り上げたページ |
―新しい教材の特徴は、どんなものですか。
今回は3回目で、主に高校生を念頭に置いた教材です。戦争の問題だけではなく、もっと広く協力・共同の問題を取り上げて、資料、絵、写真を含めた素材を出すなど工夫しました。単に覚える歴史ではなくて考える歴史として、3国の状況を照らし合わせて、歴史認識が深まるような教材にしました。
日本では、22年から世界史と日本史を統合して学ぶ「歴史総合」が高校の必修科目になりました。生徒が主体的に考える学習を目指すということなので、それに対応する教材を作ろうと考えたわけです。
特徴は東アジア3国の共通体験の記述です。「開港と近代化」の章では、中国はイギリス、日本は米国、朝鮮は日本が開港させたことを比較し、その意味を考える構成となっています。
戦争と植民地問題の章では、日清戦争が実は朝鮮の支配を目指して抵抗を弾圧した戦争であり、また台湾を植民地にした戦争だったことを記述しています。日露戦争は朝鮮半島と中国東北地方を戦場とし、日本はロシアから中国の遼東半島と朝鮮の支配権を得ました。もともとは日本やロシアのものではない領土の分捕り合戦だったわけです。
この膨張のプロセスをおさえないと、その後の日中戦争、アジア太平洋戦争は見えてきません。「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という安倍首相(当時)の「戦後70年談話」のような偽造がまかり通ってしまうわけです。
今回は戦後の記述を特に充実させています。戦後の歴史は未来につながるものですが、これまでの教材で弱かったからです。戦後の経済成長と環境問題、戦後の未処理の外交問題や平和の取り組みなどを扱っています。
「冷戦終結後、米軍基地はなぜ今も残っているのか」の節では、沖縄の米軍基地問題をベースに書き、普天間第二小学校の避難の写真を導入にしています。原爆による被害ではゴジラ像(映画の怪獣で水爆実験の放射能を浴びて生まれたとされている)や、原水爆禁止署名運動の発祥の地・東京都杉並区の「杉並アピール」も入れ、平和の問題を考える構成にしました。
「歴史認識の対立をどのように和解につなげるのか」の節では、性暴力問題で日本軍「慰安婦」被害者を象徴する少女像の後ろ姿の写真も入れました。少女の老いた現在の姿を示す影から女性たちの人生を思い浮かべてほしいというメッセージです。
―今、石破茂自公政権が大軍拡と米国とともに「戦争する国づくり」を推進しています。歴史の教訓は何か、平和な未来をどうつくるかが問われていますね。
中国脅威論や「台湾有事」などで軍事的な緊張を高め、軍事力で自国を守らなければいけないという意識があおり立てられています。他方では、戦後80年となり、戦争体験世代が非常に希薄になる中、悲惨な戦争を繰り返してはいけないという認識に反して、あの戦争は正しかったという語りが受け入れやすくなっているのが、今の特徴です。
外国の脅威・危機感をあおって軍事力を強化する戦争への道が、悲惨な結果を生んだことは歴史の教訓です。相手との対話によって理解を深め、対立を回避する努力を重ねることこそが平和のためには大切です。
日本では空襲や被爆などの戦争体験が中心で、朝鮮に対する植民地支配や中国への侵略戦争による加害についてマスメディアも伝えることが少なく、歴史認識上、大きな弱点を抱えています。そこに極右・排外主義勢力が付け込んでいる面があります。
その点で今回の教材を、歴史の事実を学び、対話を通じて過去を克服し、平和な未来をつくるための糧として役立ててほしいと思います。











