2025年9月1日(月)
きょうの潮流
私の知っている朝鮮人で早稲田へ通っている男があった。あの騒ぎの最中、友人6名とともに巣鴨方面へ避難する途中で民衆警察に捕らえられ、友人はすべて殺され、彼は付近の交番へ駆け込んで一命を助けられた―▼関東大震災時の情景を描いた橘清作「焦髪(くろかみ)日記」の抜粋です。いま高麗博物館で「地元・新宿から考える朝鮮人虐殺」の展示会が催され、先の文章が証言として示されています▼パネルには天皇を護衛する近衛騎兵連隊の行動記録も。「不逞(ふてい)鮮人二名ヲ監禁ス」「鮮人十二名ヲ保護」。展示を企画した同館の谷正人理事は、災害の中で起きた一時的な出来事ではないと訴えます▼1910年の韓国併合後、日本の植民地支配に抗する独立運動がわき起こるが、国内では暴動として報じられ、朝鮮の人たちを悪者のように喧伝(けんでん)してきた。そうやってつくられた土壌が、震災の混乱と不安の中で流言が広まった背景にあると▼各地で起きた朝鮮人や中国人の虐殺を示す証言や資料はいくつも。東京都や国の文書にも刻まれています。ところが小池都知事は、きょう開かれる朝鮮人犠牲者の追悼式典への追悼文を今年も拒否しました。こうした態度が、ヘイト集団を呼び寄せています▼群馬では昨年、山本一太県知事が朝鮮人労働者の追悼碑を強制撤去しました。再び強まる極右・排外主義の動きには歴史に背を向けてきた政府の姿勢が。谷さんはいいます。「ゆがんだ歴史観を正していくことが、後世に教訓をつないでいく道ではないか」








