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2025年8月22日(金)

主張

長生炭鉱朝鮮人犠牲

遺骨の韓国返還は政府の責任

 山口県宇部市の海に、二つの赤茶けた大きな筒が見えます。海底炭鉱だった長生(ちょうせい)炭鉱の排気・排水筒(通称・ピーヤ)です。太平洋戦争開戦直後の1942年2月3日、海底の坑内が水没する事故が起きました。亡くなった183人の7割が朝鮮人労働者でした。国策での無理な増産指示と、植民地支配による強制労働の犠牲者です。

 今年は日韓国交正常化60年の節目です。今も海底にある遺骨を韓国の遺族に戻そうとの声が、幾度も潜水調査などを続ける市民運動と国会論戦によって大きなうねりとなっています。日本政府は静観するのではなく、国の責任で遺骨を韓国に返すべきです。

■危険な労働に投入

 日本は1910年、韓国併合条約により朝鮮を植民地とし、日本の統治下に置きました。朝鮮の人々は甘い言葉でつられたり、だまされたりして日本企業に動員され(強制連行)、厳しい監視の下、長時間働かされ(強制労働)、命を失う人もいました。

 石炭しかエネルギー資源がなかった日本は、朝鮮人労働者を危険な労働に投入しました。海底の地下の層にある石炭の採掘作業は特別に危険で、宇部には最も多いときで1万人以上の朝鮮人が暮らしていたといわれます。長生炭鉱では、高さ3メートルほどの板と鉄条網で囲まれた監視付き・外出禁止の「寮」に入れられ1日12時間の労働を強いられました。

 長生炭鉱は45年の敗戦で自然消滅し、歴史から消えかけましたが、91年に市民団体「長生炭鉱の水非常(水没事故のこと)を歴史に刻む会」(刻む会)が結成され、ピーヤの保存と追悼碑建設運動を始めました。毎年水没事故の日にあわせて、韓国から遺族らを招き追悼式を行い、2013年に「強制連行 韓国・朝鮮人犠牲者」追悼碑を完成させました。

■現地調査と支援を

 追悼碑完成後、刻む会は韓国にいる遺族との交流を深めながら、海底の遺骨等の引き揚げを活動の中心に据えています。日本共産党は、国会論戦などで連携・後押ししてきました。

 4月の政府との意見交換会で、刻む会は遺骨収容への技術的・財政的支援などを要請しました。同席した小池晃参院議員は、石破茂首相の「(刻む会が)勝手にやってくださいというわけにはいかない」との答弁(4月7日、参院予算委員会)を指摘し「現地視察をすべきだ」と迫りました。

 小池氏は参院厚生労働委員会(5月20日)で専門家のプロジェクトチームによる調査を提案。厚労省所管の人道調査室の予算が毎年ほとんど残っているとし、「政府が財政支援をすべきだ」と追及しました。福岡資麿厚労相は「選択肢はありうる」と答えました。刻む会は8月、政府要請し、調査経費約1千万円を補正予算に計上して「誠意を示せ」と訴えました。

 強制連行・強制労働という過去の過ちへの謝罪も込めて、遺骨の収容と韓国に住む遺族への返還は加害国・日本の政治的、道義的責任です。この官と民の共同作業は、日韓の明るい未来を切り開くことになるでしょう。


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