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2025年8月13日(水)

2025焦点・論点

南京大虐殺の史実は消せない

都留文科大学名誉教授(中国近現代史)笠原十九司さん

国際法に違反する殺害・略奪・強姦 歴史偽造許さず侵略繰り返さない

 参院選で参政党など極右排外主義政党が日本の侵略戦争を否定するデマをふりまき、伸長しました。歴史の事実はどうだったのか、今、なぜ史実をゆがめる勢力が台頭するのか、それとどうたたかうか、南京大虐殺事件に詳しい都留文科大学名誉教授の笠原十九司さん(中国近現代史)に聞きました。(伊藤紀夫)


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(写真)かさはら・とくし 1944年、群馬県生まれ。都留文科大学名誉教授。中国近現代史。学術博士(東京大学)。著書に『南京事件 新版』『南京難民区の百日』『日本軍の治安戦』『海軍の日中戦争』『日中戦争全史(上・下)』など多数。

 ―参政党の神谷宗幣代表は街頭で「日本軍が中国大陸に侵略していったのはうそです」と演説しました。

 参院選では南京大虐殺はなかったと繰り返す日本保守党の百田尚樹代表も当選しました。平気でそんなフェイク(偽情報)を広める党が台頭する日本の現状は危うく、恐ろしい。しかし、彼らがいくら否定しようと、侵略戦争の歴史の事実を消すことはできません。

 日本軍は1937年7月7日、中国への全面的な侵略を開始しました。南京事件は8月15日に海軍航空隊が南京渡洋爆撃を始めて以降、南京攻略戦、12月13日の陥落、占領の全期間に、中国人兵士と民間人への戦時国際法違反の殺戮(さつりく)、略奪、強姦(ごうかん)など蛮行の限りをつくした事件です。

 犠牲者数は日本軍関係の資料で最大10万人以上、慈善団体などの埋葬資料で最大21万8849人です。犠牲者総数の概数は十数万人以上、20万人かそれ以上と推測されます。南京空襲は五十数回に及びました。

 ―その実態はどうだったのでしょうか?

 日本軍は「あらゆる手段をつくし敵を殲滅(せんめつ)すべし」という包囲殲滅戦で中国の負傷兵、投降兵、捕虜、敗残兵、住民、難民を殺戮しました。第16師団の中島今朝吾師団長は日記で「大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之(これ)を片付くること」と書き、捕虜を殺害したのです。日本軍に追われて長江に逃れようとした敗残兵や避難民の大群はサーチライトを照らす軍艦からの機銃掃射で虐殺されました。

 特に際立つのは女性への強姦・輪姦・殺害でした。南京安全区国際委員会によると南京占領後に多発し、1日に1000人もの女性が犠牲になりました。同委員会のフィッチ氏は「婦人は五カ月の赤ん坊を故意に窒息死させられました。野獣のような男が彼女を強姦する間、赤ん坊が泣くのをやめさせようとしたのです」と日記に記しています。それは被害者の心も深く傷つけ、苦しめ続けました。

 日本軍は南京入城後、家具や衣料、現金などを略奪し、建物に放火して市全体の24%を焼失させました。南京近郊の農村では、農作物や家畜などを大量に略奪し、40%の農家を焼き払いました。

 日本軍の略奪は食料、弾薬など軍事物資を補給する兵站(へいたん)部隊が貧弱で、食料などを現地で徴発したため起こりました。多数の捕虜や避難民などに食べさせる食料がなかったことも集団殺害の一因です。軍内部の下克上で統制が取れず軍規が乱れる中、「南京一番乗り」をあおり補給を無視した強行軍が戦時国際法違反の大虐殺につながりました。

 ―史実を覆そうとする潮流の台頭をどう見ますか。

 「戦後レジームからの脱却」を掲げ、歴史修正主義と憲法改悪を推進してきた安倍晋三政権が背景にあると思います。それを支えてきたのが侵略戦争を肯定する日本会議でした。安倍氏も岸田文雄前首相、石破茂首相も日本会議国会議員懇談会のメンバーです。ジャーナリストの青木理氏が『日本会議の正体』で指摘したように「戦後日本の民主主義体制を死滅に追い込みかねない悪性ウィルスのようなもの」と言えます。

 2013年4月10日の衆院予算委員会で自民党教科書議連事務局長の西川京子氏は、山川出版社の日本史教科書の「従軍慰安婦」と南京事件の記述を「自虐史観」「反日思想」に基づくものと批判し、パネルで南京事件の関連問題を入試に出題した私立学校名を列挙して非難。南京で行われたのは「通常の戦闘行為以上でも以下でもなかった」と述べました。

 当時の下村博文文部科学相が教科書検定制度見直しの検討を表明。安倍首相は中山成彬氏の同趣旨の質問に、愛国心などを書き込んだ改定教育基本法の精神が生かされていないと見直しの必要性を強調しました。その結果、14年度の中学校教科書検定から、南京事件など「通説的見解がない数字の事項について記述する場合には、通説的見解がないことが明示されている」こととし、西川発言を「政府統一見解」として記述させることにしたのです。

 南京事件から60年の1997年、家永教科書訴訟の最高裁判決で、南京大虐殺の記述書き換えを強要した文部省の教科書検定が違法だったことが確定しました。その後、歴史教科書の南京事件の記述も改善されました。この成果を突き崩そうとしたのが安倍政権の教科書攻撃でした。こうした自民党政権の歴史の偽造が、今の極右排外主義の潮流を勢いづかせる土台となっています。

 ―与党の自民、公明両党が衆院でも参院でも過半数割れする一方、排外主義、歴史修正主義の極右的潮流が台頭する中、その流れを阻止するにはどうすればよいと考えますか。

 近著『南京事件 新版』(岩波新書)で紹介したように、南京で海軍の掃討作戦に巻き込まれた陳頤鼎(ちん・いてい)さんは「軍艦上の日本兵たちが、長江を漂流する無力の戦友たちを殺戮しては拍手し、喜ぶ姿も見えた。このときの怒りは、生涯忘れることができない」と証言しています。今、侵略戦争で犠牲になった人たちの痛みを想起できるかどうかが大事だと思います。

 ウクライナへのロシアの侵略戦争やパレスチナ自治区ガザでのイスラエルによるジェノサイド(集団殺害)はテレビなどでその惨状を知り、犠牲者の痛みを感じることができます。しかし、南京大虐殺事件は当時、世界にはニュースが流れ問題になりましたが、日本は報道管制で事実を隠し、戦勝を祝うニュースのみで、国民の多くは知ることができませんでした。

 戦後、南京大虐殺の史実は史料や証言の発掘、研究によって明確になっています。ところが今、これを否定する政権と極右的潮流の策動によって日本人が侵略の事実を想起できなくされようとしています。それは岸田および石破自公政権が大軍拡と敵基地攻撃能力の保有で戦争への道を突き進む動きと一体のものです。

 日本が侵略戦争で多数の人びとを傷つけた歴史の事実を学び、二度と繰り返さないことを教訓にしなければなりません。それを阻む極右的潮流とたたかい、憲法9条に基づく戦争反対と平和の世論・運動を大きく広げる時だと思います。


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