2025年5月31日(土)
2025焦点・論点
米不足・高騰どうする
岡山大学名誉教授(農業協同組合論) 小松泰信さん
市場任せは農業崩壊の道 増産と再生へ国の責任で
昨年の2倍を超える米価高騰が国民生活を直撃しています。小泉進次郎農林水産相は備蓄米の放出を随意契約にし、「5キロ当たり税抜き価格を2000円に下げる」と言いますが、これで米不足・米価高騰が解決するのか、根本的な対策は何か、岡山大学名誉教授(農業協同組合論)の小松泰信さんに聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)こまつ・やすのぶ 1953年長崎県生まれ。岡山大学名誉教授。博士(農学)。著書に『新訂版非敗の思想と農ある世界』『隠れ共産党宣言』『農ある世界と地方の眼力①~⑦』『共産党入党宣言』など |
―政府は遅まきながら3月から備蓄米を放出していますが、米5キロの平均価格が税込み4285円、前年同期の2倍超で、最高値を更新しました。政府は備蓄米の放出を競争入札からスーパーなどに直接売り渡す随意契約に変更し、価格を下げるとしていますが。
政府が放出するのは2022年産20万トンと21年産10万トンです。安くなるといっても、古古米と古古古米では味や香り、深みなど国民のベロメーター(味覚)を満足させるか、疑問です。
しかも、大手スーパーやネット販売などで備蓄米の価格が下がったとしても、民間の流通米は高値のままでしょう。というのは、「いくらでも言い値が通る」ともいわれる仕入れ競争の中、高値で買った米を安く売るはずがないからです。
米価高騰は、米の供給不足が原因です。だから、米価高騰を解決するには、可能な限り備蓄米を放出し、米を増産するしかありません。もっと言うと、米を多くの国民にリーズナブル(手頃)な価格で供給するために政府ははっきり目標を設定して必要なお金を投入することです。
要するに主食である米の価格を市場任せにしてはダメで、これまでの農政の根本的な転換が必要です。
「米が足りないなら、輸入したらいいじゃないか」という議論が必ず出てきます。財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の分科会は4月15日、米価高騰対策で政府が外国産米を無関税で輸入するミニマムアクセス米77万トンのうち主食用10万トンのSBS枠を拡充し、国内需給の調整弁として活用するよう提言しました。
しかし、それはアリの一穴で、米生産の堤防が崩れていくきっかけになります。主食用のSBS枠を拡大すれば、割安な輸入米が増えて稲作農家を直撃するのは明らかです。そんなおざなりなやり方を絶対させてはいけません。
![]() (写真)「米や農産物、食料主権をアメリカに差し出すな」「日本の農業を守れ」とアピールする人たち=16日、首相官邸前 |
―減反・減産政策を進め米価を市場任せにしてきた政府のもとで、00年に約175万戸だった水稲農家は20年には約70万戸になり、4割に激減しました。農家の年齢構成のピークは70歳以上で、49歳以下は4・8万人(23年)。「米作ってメシ食えない」状況に追い込まれ、農業人口の急減と高齢化が進んでいますね。
そう思います。農家をやめていく流れが広がり、耕作放棄地がどんどん増えています。それは“緩やかなストライキ”みたいな気がします。誰も気づかないかもしれませんが、“このままでは農民がいなくなり、日本の農業は崩壊する”という警告だと思います。これって大変なことですよ。
JA(農業協同組合)グループの学習会で日本の食料自給率が38%(カロリーベース)で自給率を上げるためにはどうするかという話をした時、職員から「あのー、先生、作る人がいなくなっていますから、自給率を高めるためにはまず生産者を増やすしかないですよね」と言われました。まったくその通りで、生産者がゼロのところで自給率を高めることはできません。
農家の人たちが「もう俺でおしまいだ」「高値の米価は退職金だ」みたいにならず、生産を諦めないで農家をやっていける、それなりの収入を得られる再生産可能な産業にしていかなければなりません。
―トランプ米大統領が発動した高関税に関する日米交渉で、米の輸入拡大をカードにすることについて小泉農水相は「あらゆる選択肢を否定しない」と言い、自民党の森山裕幹事長はトウモロコシや大豆の輸入拡大を容認していますね。
米国は自由貿易経済をリードしていると豪語していたはずなのに、自分で自分の国をおとしめるような国際経済ルール破りを強行しているわけです。これに対して毅然(きぜん)とした態度で、堂々と高関税の撤廃を求めるのが筋です。
ところが、日本は主食の米をはじめとした農産物を米国に差し出すことを含めた協議をしています。そんな協議自体がそもそもおかしい。米国と協議させてもらって落としどころを探るやり方はすでに相手の手のひらにのっているわけで、国益を損なうものです。
しかも、米不足・米価高騰で国民が困っている時に、それを奇貨として米の輸入拡大まで交渉材料にするなど許されません。
―農業を崩壊させる道ではなく、再生させるために今、何が必要ですか?
今、米国が自国第一主義になっている中で、世界ではできるだけ自分たちの国で必要な食料は自分たちで作ろうという流れになっていくと思います。だから、国のお金を投入して農業生産を安定的に増やしていくことは、絶対必要です。
とくに主食の米を作る農家には再生産可能な価格保障と所得補償をし、消費者には納得できる手頃な価格で提供するため、国が財政に責任を持つ制度が必要です。それでこそ、生産者と消費者の分断を乗り越え、後継者が安心して農業をやってみようという状況をつくり出すことができます。
もう一つは農産物生産に加え国土と自然環境を守る農業の多面的機能の大切さです。米を輸入して稲作農家をつぶせば、その機能は失われます。豊かな国土にして将来の人たちに渡していくためにも、国土保全産業としての第1次産業、とりわけ農業を守っていかなければなりません。そのために税金をいかに投入するかということを消費者とともに考えるチャンスだと思います。
農家の高齢化が進む中でも、農業に興味を持っている若い人もいるわけです。そういう方々に門戸を開いて新規就農できる仕組みをつくり、そのための予算をつけることも必要です。学校給食をきっかけに食農教育で、農業など第1次産業に豊かな認識を持つ子どもたちを育てていく。そういう長いスパンの取り組みを進めることも大事です。
「米は買ったことがない。支援者の方々がたくさん下さる。売るほどある」という江藤拓前農水相の発言には国民から乖離(かいり)した石破茂政権の姿が表れています。そこを真剣に考えて政権をかえて農業を再生していく機会にしなければならない時です。










