2025年4月29日(火)
2025焦点・論点
どう見る「トランプ関税」
立命館大学特任教授(米国経済専攻) 中本悟さん
国際貿易ルールを一方的に破る 経済主権守る公正な秩序構築を
世界の国々に一方的な高関税を発動したトランプ米政権。その狙いや背景、国際経済への打撃をどう見るか、「日本との交渉は最優先」(トランプ米大統領)と負担増を迫られる日本はどう対応すべきか、立命館大学特任教授の中本悟さん(米国経済専攻)に聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)なかもと・さとる 1955年生まれ。立命館大学経済学部特任教授。大阪市立大学名誉教授。『現代アメリカの通商政策―戦後における通商法の変遷と多国籍企業』『米中経済摩擦の政治経済学―大国間の対立と国際秩序』(共編著)など |
―トランプ政権は2日、すべての国や地域に一律10%の関税とともに、日本24%など約60カ国・地域に「相互関税」を課すと発表しました。しかし、9日には報復措置をとらない国・地域には相互関税を90日間停止して取引すると語るなど、対応がころころ変わり、ほころびが出ています。
トランプ大統領は、米国の貿易赤字の増加は貿易相手国の不公正な「経済と貿易の慣行」が原因であり、それは国家安全保障の産業基盤を危うくする国家の非常事態だと宣言し、高関税を強行しています。その目的は米国の貿易赤字削減と国家安全保障のための国内製造業、特に先端技術部門の強化ですが、関税引き上げの算定根拠もあいまいで一方的なものです。
高関税は当然、米国の物価を引き上げます。米国では寡占化が進み大企業とその他の企業との利潤率の格差が広がっています。上位企業の市場支配力が強まり、独占利潤を得るための価格引き上げがしやすい状況です。そこに高関税が加わり物価が上がれば、犠牲になるのは価格転嫁できない中小企業やトランプ氏の支持基盤であるラストベルト(工業が衰退し荒廃が進む米国中西部と五大湖地域)などの低賃金労働者です。
実際、全米地域の中小企業300万社を傘下に抱える全米商工会議所は、広範な高関税は撤回すべきだと主張しています。グローバルに取引をしている企業にとっては高関税自体が打撃で、その税率や実施時期が日替わりで変わるので見通しが立たず、大きな負担になっているのが現状です。
貿易相手国ごとに差別的な関税を課すこと自体が、1947年に成立したGATT(関税及び貿易に関する一般協定)第1条の「最恵国待遇」に違反しています。これは95年に紛争解決の機能を備えて設立されたWTO(世界貿易機関)協定にそのまま引き継がれています。「最恵国待遇」は関税をお互いに引き下げていくメカニズムで、ある国に与えた最も有利な待遇を他の全加盟国に適用するルールです。このルールで世界の関税率は段階的に低下してきました。
―米国が進めてきた自由貿易システムが行き詰まっているのでしょうか。
トランプ政権がやっていることは、とにかく米国が第一だとして、自ら主導してつくってきたGATT(WTO)のルールさえ破り、国際経済取引を危うくするものです。
米国は自国経済が強い時にはGATTの多国間関税引き下げ交渉を主導し、貿易自由化を進めてきました。さらにWTO体制のもとで米国は多国籍企業のいっそうのグローバル化と金融覇権、知的財産で稼ぐ道をひたすら進んできました。
トランプ氏自身が指摘する「産業の空洞化」、貿易赤字の拡大、製造業基盤地域の衰退、製造業雇用の減少は、米国自身の「経済と貿易の慣行」の結果です。
WTO体制は経済力の強い国や多国籍企業を潤す一方、途上国が補助金をつけて国内産業を育成することさえ貿易自由化に反するとして認めず、自主的な産業発展を阻害してきました。環境を考慮しない利益優先の開発を進めた結果、どの国も豊かになるどころか、弊害が顕在化し地球環境問題が深刻になっています。
WTO加盟166カ国の大半が開発途上国で37カ国は後発開発途上国です。WTO体制をハイパー(超)グローバリゼーションではなく、各国の経済発展の違いを踏まえた貿易自由化、各国の経済主権や食料主権を認め、環境を維持する公正な多国間貿易へと改革することで、その成果を加盟国全体に広げることができます。
―145%の高関税をかけた中国との関税合戦について、どう見ますか。
第1次トランプ政権の時も高い関税をかけられた中国が報復関税で対抗し、関税引き上げ合戦が起こりました。その時は「74年通商法」301条に基づき、中国における知的財産政策・慣行を詳しく調べ上げて、中国の不公正慣行によって米国企業が被った損失に制裁関税を発動したのです。
しかし、今回は「77年国際緊急経済権限法」により国家非常事態を宣言し、詳しい調査抜きに高関税を課し、中国との間で関税引き上げ合戦になっています。
米国は70年代の米中国交正常化の時期から、中国を自由貿易体制に引きこむことによって、経済成長と市場民主主義を実現するという戦略をとってきました。しかし、その見通しははずれ、米国とは異質な政治経済システムの中国が世界第2位の経済力をもつまでに成長し、ハイテク産業でも米国を猛追しています。
このため、トランプ政権もバイデン政権も共和・民主両党とも超党派で米国の覇権と国家安全保障を脅かす存在として中国を位置づけています。この対立は続き、今回の問題でも対立がエスカレートする恐れがあると見ています。
―石破茂首相はトランプ氏に一方的な高関税の撤回を求めず、対米従属の姿勢が問われていますね。
米通商代表部(USTR)のグリア代表は日本に農産物のさらなる市場開放を求め、米国産米の輸入拡大も検討されています。
日本の食料自給率はカロリーベースで38%と低く、食料の6割以上を外国からの輸入に依存することは、日本農業の再生産を危うくするもので、安全保障上も大問題です。工業製品の対米貿易黒字の見返りとして農産物が米国への「貢ぎ物」とされてきた従来の愚を繰り返してはなりません。
米国はGDP(国内総生産)3%の軍拡を要求しています。しかし、米国がWTOルールを一方的に破り、WTOの紛争処理に必要なパネリストを送らず、およそ国際秩序をリードするとはいえない中で、日米軍事同盟を絶対として、大軍拡を進めるべきではありません。平和外交、経済外交こそ必要だと日本は主張していくべきです。
日本は米国の違法で一方的な高関税を手段とした軍拡や農産物輸入拡大の要求に屈して、悪いモデルにされてはなりません。
29年の株価大暴落のあと、フーバー大統領(共和党)は30年に「スムート・ホーリー法」に署名し、自国産業保護のために広範な物品に高関税をかけました。それは結局、相手国の高関税を引き起こし、世界貿易は経年的に縮小して世界大不況に陥りました。各国は資源確保のためにブロック化と領土の再分割に走り、第2次世界大戦につながりました。このため、この関税法は戦争の一因になったといわれています。
今必要なのは、この歴史の教訓に学ぶことです。









