2025年4月11日(金)
声上げ始めた自衛官
人権侵害に抗し訴訟5件
![]() (写真)防衛省情報本部で過大な業務を押しつけられたと語る男性=3月21日、東京都千代田区 |
元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが隊内で受けた性暴力を告発(2022年)して以降、深刻なハラスメントと組織の隠蔽(いんぺい)圧力に立ち向かい、声を上げる現職自衛官が少しずつ増えています。「自衛官の人権弁護団」が携わる現職自衛官による訴訟は現在5件にのぼり(表)、案件の相談も増加傾向にあると言います。3月27日、国会内で行われた集会で、同弁護団の佐藤博文弁護士は「今後、現職自衛官とその家族の訴えをメディアや国会議員、人権団体に直接聞いてもらう場をつくり、自衛隊そのものを大きく変える世論を構築させたい」と語りました。
集会では2人の現職自衛官が発言。防衛省情報本部に所属する空自3佐の男性(40代)は、不当な配置転換やパワハラを受けたとして3月21日、国に慰謝料700万円などの損害賠償を求めて提訴しました。
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五ノ井さんの告発を受け防衛省は22年、特別防衛監察でハラスメント調査を実施しましたが、申告者は全隊員のわずか0・6%にとどまったまま調査を終了。この男性も監察に申告したものの、防衛省は調査を実施したと虚偽の報告をしたあげく案件を強制的に終了したと憤り、「自衛隊では自浄作用が機能していない」と訴えました。
空自那覇基地で長年、性的な暴言を受け続けた現職自衛官の女性も23年2月、自衛隊が不利益防止措置などをとらなかったとして国を提訴しました。
被害によって重篤な心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症し、被害申告後の圧迫面談など、自衛隊から数々の二次被害を受けたことで症状をさらに悪化させたとの専門家の診断を紹介。自身の受けた心身の傷は「もう治ることはない」と語りました。
このほか、北海道内の陸上自衛隊基地で50代の自衛官が、上官のパワハラを匿名で内部通報したところ、情報が漏えいし、自白を強要され異動をほのめかされるなどの不利益を受けたとして、国に損害賠償を求め提訴しています。
「自衛隊、26年前と変わらず」
![]() (写真)陸上自衛隊多賀城駐屯地で転落死した佐藤未来仁(みくに)さんの母・直子さん(左)、父・三千治さん=3月27日、国会内 |
3月27日、国会内で開かれた「自衛官の人権弁護団」主催の集会では、子どもを自衛隊で亡くした遺族も悲痛な声を上げました。
佐藤直子さんは2020年3月、陸上自衛官だった息子の未来仁(みくに)さん=当時23歳=を多賀城駐屯地(宮城県多賀城市)で転落で亡くしました。防衛省が死因を特定しないまま「公務災害には当たらない」と幕引きを図ろうとしたのに対し、直子さんは夫の三千治さんとともに今年2月、再調査を要求しました。「分かっているのはこの世に息子がいない事実だけ。なぜいなくなったのかはわからないまま」
事件当日の様子について直子さんは、病院に駆けつけた際「息子の顔はもう紫色になっていた。もうだめだと思った」と話し、三千治さんは「心肺蘇生停止を私がお願いした」と懸命に涙をこらえながら語りました。
自衛隊は事件後、未来仁さんについて「体力がなかった」「悩んでいた」などと記した作成者不明の文書2枚を夫妻に渡しました。転落の説明も4階から屋上に変わり、屋上の鍵も「偶然開いていた」から、「常時開いている」に変わるなど二転三転しました。
民間では到底考えられないずさんな対応に抗議すると、「上官の指示で行っている」などと平然と返答してきたと憤り、上意下達の組織の体質を批判。世論の批判などを受け防衛省が再調査に応じたとして「どんな回答になるか待ちたい」と話しました。
佐藤さん夫妻の状況は「私たちの時と一緒だ」と語ったのは、海上自衛隊護衛艦「さわぎり」内でいじめが原因で1999年に自殺した隊員の母親、樋口のり子さんです。事件の説明が四転五転するなど自衛隊の対応で精神が疲弊し体調を壊し病院を行き来する日々だったと振り返ります。「ハラスメントなどの問題は1件などでなくまだまだたくさんあるはずだ。自衛隊は26年前と変わっていないのだから」