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2025年3月12日(水)

2025とくほう・特報

シリーズ 介護保険25年

訪問介護 都市部でも休廃業続出

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(写真)「ヘルパーさんは家族と同じ」と語る男性と、ホームヘルパーの磯崎泉美さん=4日、東京都世田谷区

 住宅街に咲く満開の梅をみぞれが散らす3月初旬の夕。東京都世田谷区の民家にホームヘルパーの磯崎泉美さんが電動自転車で駆け付けました。予定より10分遅れ。「前のお宅が延びてしまって」。びっしょりぬれた雨具を玄関先で手早く脱ぎ、インターホンで来訪を告げると高齢の男性がカギを開け「慌てないで、ゆっくりでいいよ」と迎えました。

 男性は89歳の元エンジニア。十数年前に妻を亡くし独り暮らしです。緑内障でほぼ目が見えず、伝い歩き。足腰も弱って転倒を繰り返し、2年半前から訪問介護を利用しています。軽い物忘れもあり、要介護2。ホームヘルパーの1日1時間程度の援助を受けることで自宅で暮らせています。

 ヘルパーの磯崎さんは、男性に声を掛けながら居室や台所や寝室に掃除機をかけ手早くトイレも掃除。掃除機の音を聞きながら男性の表情が和んでいきます。

 「ヘルパーさんて何かって? そうだねぇ。家族と同じですよ」と男性。磯崎さんは「あら。そう思ってらっしゃると分かってましたよ」。笑顔で返します。

 男性は続けました。「作業される合間にちょっとしたお話ができるでしょ。それがすごく精神的ないやしになるんだよね。誠心誠意やって頂けて感謝してる。それがあちらにも伝わる。お互い気持ちが通じあうようになると最高なんだよね。いま? 最高です」。弾んだ声を聞き、磯崎さんもほほえみました。

 訪問介護は、老いても住み慣れた自宅で暮らし続けるための在宅介護の要です。ところが自民党政府は介護保険創設以来、サービスの削減を繰り返してきました。そのためヘルパーの賃金は常勤で全産業平均より月6万円低く、有効求人倍率十数倍の人手不足。4割の事業所が赤字に陥ったのに政府は昨年4月、基本報酬を2~3%削減しました。

 事業所の倒産や休廃業、解散が加速し、昨年は前年を102件も上回る529件と過去最多でした。実は磯崎ヘルパーが勤める訪問介護事業所「NPOわかば」は事業の統合先を探し、交渉中です。

 「ヘルパーさんのおかげで生かしてもらっています。ヘルパーさんがなくなったら? そりゃ困る。生きていけないよ」。高度経済成長を支え老いた男性の重い言葉。それは超高齢化社会を迎えた国民の声です。

サービス短縮で賃金下がりヘルパー流出 報酬削減が追い打ち

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(写真)「辻本さんには全幅の信頼を置いています」と語る男性(右)のケアプランの相談にのる辻本きく夫さん(左)=東京都世田谷区

 人口93万人と都内最大の世田谷区。65歳以上の高齢者世帯の34%が独居です。同区の訪問介護事業所数は256(2月1日現在)ですが、ここ1年弱で7事業所も減りました。

 「介護は人生の先輩から多くを学べる魅力的な仕事なんだけどね」。こう語るのは訪問介護事業所「NPOわかば」を共同経営する辻本きく夫さん(74)です。利用者と職員を丸ごと別の法人に引き継いでもらう交渉をしています。2人の経営者が高齢になったためですが、背景には厳しい人手不足があります。

 「介護の社会化」と期待が集まっていた2001年、辻本さんは公務員を早期退職し介護事業に携わるようになりました。「自分がサービスを必要になったときに利用したい事業所」を目指し2009年共同経営者に。世田谷区介護サービス事業者ネットワークの代表も務め、報酬削減に異議を唱えてきました。「人手不足の最大の原因は訪問介護の短時間化だ」。辻本さんは断言します。

 06年3月までは、1回3時間の生活(家事)援助もできました。午前10時ごろヘルパーが利用者を訪問。洗濯機を回し、買い物に行って調理、数品のおかずをつくる。入浴を見守り、利用者が昼食をとるのを見届け、掃除をして終了というプラン。「昼食はヘルパーがいるところで食べてもらえ、喜ばれた」

 政府は介護保険の給付抑制のため、訪問介護の短時間化を進めてきました。

 ―06年の介護報酬改定では生活援助は1時間半で頭打ちに。わかばは3時間の援助を1・5時間ずつ分けて行いましたが、介護報酬が払われないヘルパーの移動や待機の時間が増えました。

 ―12年の改定では、生活援助の基本区分が60分から45分に短縮され、報酬は「45分以上」で頭打ちになり、削減されました。45分では洗濯機を回しても干すこともできません。60分の援助を続け経営に打撃となりました。

 ―15年の改定では、訪問介護報酬がすべてマイナス3・5~4・7%と大幅に引き下げられました。この年以降、わかばの訪問介護の売り上げは急減しました。

“タダ働き”増

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 介護の短時間化は賃金に直結しました。短時間化の前の05年度まで、わかばの非常勤職員は、午前9時から午後6時までの拘束で、額面で月収25万円以上の人が珍しくありませんでした。ところが短時間化が進み、移動や待機の時間が増えたため、同じ拘束時間でも、いまは同18万円まで落ちました。

 辻本さんは、役員報酬を額面月10万円に減らし、共同経営者と2人で千数百万円の赤字を補填(ほてん)。視覚障害者の同行援護サービスなども手がけ多角経営で、賃金保障の努力を重ねました。それでも求人に応じる人はいなくなりました。ヘルパーの有効求人倍率は22年には15・4倍を記録しました。「主婦のパートをあてに始まった訪問介護は報酬が低すぎた。そのうえ引き下げ続けてきたのだから、人手不足が解消するはずはない」

区が財政支援

 コロナ禍や物価高騰が追い打ちをかけ訪問介護事業所は22年度には約4割が赤字に。ところが政府は昨年4月、報酬を2~3%削減したのです。

 地域を支えてきた同区の訪問介護事業者に、廃止・休止や経営統合の動きが広がっています。辻本さんと一緒に世田谷区介護サービス事業者ネットワークで活動してきた同副代表の磯﨑寿之さん(57)もその一人です。

 「衝撃でした。がんばってきた事業者ネットワーク訪問介護連絡会の幹部が『もうダメ』と口にした。私も決断しました」。昨年10月、事業所を廃止し、職員と利用者の了解のもと、事業統合を区内の別業者としました。「統合は心ある事業者が生き残り、地域の高齢者を支えるため」と磯﨑さんは語ります。

 「大手事業者は、利益がわずかな生活援助は断り、身体介護しか受けない。8割を身体介護にと指示している会社もあるほどで利用者の選別が露骨になっています。生活援助こそ在宅介護の基礎。私たちがやるしかない」(磯﨑さん)

 訪問介護を守れと事業者と市民は立ち上がりました。

 世田谷社会保障推進協議会が区議会に提出した「介護人材確保のため実効性のある賃金引き上げ策の実施を求める陳情」署名に同ネットワークが協力し、昨年7月、磯﨑さんら同ネットの訪問介護連絡会役員が意見陳述し、全会一致で趣旨採択され本会議でも採択されました。これを受け、同区は昨年度補正予算で「緊急安定経営事業者支援給付金」を決め、訪問介護にも1事業所当たり88万円が給付されました。

 同区保健福祉課の元職員で同社保協事務局次長の森永伊紀さんは語ります。

 「住民から行政に困難を抱える高齢者の通報があったとき、行政と一緒に援助に入ってくれるのは磯﨑さんたち地域の事業者団体等を構成する中小事業者です。大手民間株式会社だけになったら高齢者福祉は成り立たない。地場の事業者を守るため運動したい」。緊急支援金の継続と、月40時間以上働く介護職員への一人1万円の賃上げを求めて社保協と同事業者ネットワークは共同で区に働きかけています。

 「このままじゃ訪問介護事業所はバタバタ倒れる。ミサイルなんか買ってる場合じゃない。政府は訪問介護報酬を元に戻してほしい」。磯﨑さんは訴えます。

 (内藤真己子)


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