2025年1月31日(金)
2025焦点・論点
ガザ停戦合意 どう見る
千葉大学教授(中東現代史) 栗田禎子さん
人道破壊許さぬ国際的包囲の成果 占領やめさせ民族自決権実現こそ
パレスチナ自治区ガザでの人道危機が深刻化し始めてから1年3カ月、イスラエルとハマスの停戦合意がようやく成立、発効(19日)しました。一方、イスラエルが国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の活動を国内で禁じる法律を30日に施行するなど和平と人道支援に逆行する動きもあります。現状をどう見るか、問題の根本的解決には何が必要か、千葉大学教授の栗田禎子さん(中東現代史)に聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)くりた・よしこ 1960年生まれ。千葉大学教授(歴史学・中東研究)。2013~15年に日本中東学会会長。『中東革命のゆくえ―現代史のなかの中東・世界・日本』『中東と日本の針路―「安保法制」がもたらすもの』(共著)など |
―停戦合意は、第1段階で戦闘を6週間止め、ハマスは人質33人を解放し、イスラエルはパレスチナ人収監者を釈放、ガザの人口密集地から撤退、第2段階でハマスは残る人質を解放し、イスラエル軍は全面撤退、第3段階でガザの復興を図るというものです。今回の合意と中東の現状をどう見ていますか?
停戦合意成立により、15カ月間ほとんどノンストップで続いてきたガザでのジェノサイド(集団殺害)がようやく止まる可能性が生じたわけで、極限状態にあったガザの人びとにとっては明るいニュースです。停戦を求める国際的な取り組みの成果だと思います。
ただ、イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスに違反行為があればいつでも戦争を再開する」などといっており、安心できません。ガザで人道支援の中心的役割を担ってきたUNRWAの活動禁止法の施行は、復興への妨害行為です。今回の合意は本当に恒久的な停戦、復興につなげていくための、あくまで最初の一歩といえます。
中東は今、重大な岐路にあります。今回のガザ危機の根本には、イスラエルの占領があります。1967年の第3次中東戦争以来、イスラエルはガザとヨルダン川西岸を数十年にわたって不当に占領してきました。
特にガザはイスラエルによる厳しい封鎖下で「天井なき監獄」ともいわれる状況に置かれ、これに対する不満を背景に2023年10月の事件が起きたわけですが、占領者イスラエルはこれを機に逆にガザ住民全体の残滅作戦ともいうべき大弾圧に着手しました。無差別攻撃の結果、死者は少なくとも4万7千人、関連死やがれきに埋まっている人を含めると18万人以上ともいわれています。さらに食料・水・燃料の供給が遮断され、病院・学校も攻撃されて生活基盤自体が破壊されました。紛れもないジェノサイドです。
同時にイスラエルは、ハマスの後ろにヒズボラがいるとしてレバノンに侵攻して南部を占領、アサド政権崩壊に乗じてシリアの軍事施設を破壊するとともにシリア領内の占領も拡大、イランにも軍事攻撃を仕掛けるなど、近隣諸国の国家主権と領土を侵害しています。「ナイルからユーフラテスまで」(エジプトからイラクまで)全てが「イスラエルの地」だとするような極端な拡張主義思想に基づき、イスラエル中心の中東秩序をつくろうと地歩を固めています。
中東では第3次中東戦争時に匹敵する大きな変化が起きていると思います。
―イスラエルが軍事力では圧倒的に優位な情勢にもかかわらず、停戦に合意したのはなぜでしょうか。
合意をもたらしたのは、国際世論の力です。ガザ・パレスチナの人たちが占領とジェノサイドに抗議して抵抗を続け、それに連帯してASEAN(東南アジア諸国連合)やアフリカ、ラテンアメリカなどグローバルサウスの諸国、さらに欧米や日本などの市民が停戦を求める声をあげてきたことが大きな力になったと思います。
即時停戦を求める国連総会決議(23年12月)、南アフリカによる国際司法裁判所(ICJ)への提訴を受けて発せられた「ジェノサイド防止のための全ての手段をとる」ことを求める暫定措置(24年1月)、国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪人としてネタニヤフ首相らに出した逮捕状(24年11月)などは、間違いなくイスラエル政権への強い圧力になっています。
イスラエルは軍事的には成功したものの、外交、政治的には国際社会で孤立し、追い詰められて停戦に応じざるをえなかったのです。
―停戦を問題の根本的解決につなげる必要がありますね。
ガザの人道危機が深刻化する過程で、問題の背景にはイスラエルの占領があり、根本的解決のためにはパレスチナ人の民族自決権の実現、独立国家樹立が必要だという認識が世界中で広がる状況になっています。
昨年5月、国連総会はパレスチナ国家の国連加盟支持を決議し、国際司法裁判所は7月、イスラエルによる67年以来のガザ・ヨルダン川西岸の不法占領を終了させなければならないとする勧告的意見を発し、国連総会は9月、占領を1年以内に終了することを求める決議をあげました。
こうした国際的動きは、世界各国での運動の反映といえます。
―“停戦合意はトランプ米大統領再選の成果だ”とする見方もありますが、トランプ政権が中東に与える影響についてはどうですか。
トランプ政権は1期目で国際的にイスラエルの首都とは認められていないエルサレムへの米大使館移転、シリアのゴラン高原に対するイスラエルの「主権」承認を表明するなど、最も親イスラエルの政権です。パレスチナ問題の公正な解決をめざすとは考えられません。
ガザでの停戦合意が成立する一方で、ヨルダン川西岸ではイスラエルによる弾圧が激化して事態が深刻化しており、トランプ政権はイスラエルによるヨルダン川西岸の併合、「主権確立」を承認するのではないか、ということが危惧されています。また、トランプ大統領は1期目で実行したアラブ諸国とイスラエルとの「国交正常化」をパレスチナの頭越しに実現する政策を、サウジアラビアにも広げて進めるのではないかとも予測されています。
―今回の停戦を恒久的平和につなげていくために、今何が求められているのでしょうか。
「ガザの住民をヨルダンやエジプトに移住させる」という最近のトランプ発言が示すように、米政権は今後、パレスチナ人の民族自決権を完全に無視する方向に向かっていく危険性があります。しかし、問題の根本的解決のためにはイスラエルによる占領の終結、パレスチナ独立国家の樹立が必要であることは、すでに国際的な共通認識になっています。
UNRWAの活動禁止法を国際社会の力で撤回させ、ガザへの大規模な人道支援を急がなければなりません。トランプ政権はイスラエルへの大型爆弾提供を再開するとしていますが、米国などによるイスラエルへの軍事支援を糾弾し、イスラエルへの国際的武器禁輸を求める声も世界の大勢となっています。世界の市民が今後も力を緩めず、声をあげ続けていくことが重要です。









