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2025年1月21日(火)

2025焦点・論点

SNSとポスト・トゥルース

東京外国語大学名誉教授 西谷修さん

市場原理にのみ込まれた情報と選挙 真実知る努力と虚偽情報への規制を

 2024年11月に行われた兵庫県知事選挙での斎藤元彦氏の再選、そして米大統領選挙におけるトランプ氏返り咲きに共通するものとして「SNSの勝利」があげられています。SNSをはじめとした今日のデジタルメディア状況をどう見るか、トランプ米政権と日本の関係はどうあるべきか―。東京外国語大学名誉教授の西谷修さんに聞きました。(日本共産党学術・文化委員会事務局 朝岡晶子)


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(写真)にしたに・おさむ 1950年愛知県生まれ。東京外国語大学名誉教授、神戸市外国語大学客員教授。哲学・フランス思想。著書に『夜の鼓動にふれる―戦争論講義』『アメリカ 異形の制度空間』『わたしたちはどんな世界を生きているか』など多数

 ―兵庫県知事選の結果について、西谷さんは「ポスト・トゥルース(真実)勝利の時代」と表現されています。米国のメタ(旧フェイスブック)がファクトチェック(事実確認)廃止を表明するなど、SNSをはじめとしたデジタルメディア、IT(情報技術)産業をめぐる状況をどのように見ていますか。

 日本と米国の選挙には「ポスト・トゥルース」などの共通点はありますが、同じには扱えないと考えています。

 欧米の状況から考えてみたいと思います。

 トランプ氏が最初に当選した16年は、英国がEU(欧州連合)から離脱した年でもあり、いずれもSNSにおけるフェイク(虚偽)ニュースや陰謀論が影響したと言われ、それがポスト・トゥルースという言葉で表現されました。ポスト・トゥルースとは、情報流通において、それが真実かどうかより、即座の感情的反応を誘う方が効果をもつ、つまり真実には意味がないとする風潮を指します。

 当時、フェイクによって民意がゆがめられたことが問題にされたわけですが、たとえそれがフェイクであろうと、多くの市民がそちらを選んだことは事実です。ですからトランプ氏らの言い分は、これが民意であり、自分たちのつくり出した規制で選挙を制御しようとしてきたリベラル側こそフェイクだというわけです。

 今回のメタのファクトチェック廃止は、こうした状況をさらに拡大させることにつながるでしょう。しかしそれは、トランプ氏に譲歩したわけではなく、SNSメディア本来のあり方に戻ると言っているにすぎません。

 一般的には情報とは正確なものであるということが前提になっていて、そこから正しい知識を得、判断しなくてはいけないと考えられてきたわけです。しかし、そもそも情報が流通する場そのものがポスト・トゥルースになっているのが今日的な状況だと言えます。

 19世紀以降の社会では、従順な国民意識をすり込むため、メディアが重要になります。最初は「愚者」をいかにして巻き込むかという思想として広がった「プロパガンダ」というテクニックがありました。プロパガンダは権力にとって都合のいい世論をつくり出すものとして使われ、ナチスのゲッペルスやソ連のスターリンはここから学んで国民を扇動しました。

 その後に出てきた技法が「PR」と言われる民間の情報活動です。権力が一方的に動員するのではなく、国民の願望に応える形で情報自体を商品化した。これがのちに、米国の選挙の手法である「選挙マーケティング」へとつながります。その時点で、情報は権力政治から市場原理の場に置かれるようになり、その中に選挙がのみ込まれたわけです。

 ―兵庫県知事選での斎藤知事の選挙活動、都知事選での石丸伸二氏の躍進などは、米国の選挙に近づいてきたということでしょうか。

 都知事選の「石丸現象」とか、兵庫県知事選の斎藤氏再選ではSNSが戦略的に利用されました。そこでは、どういう政治を実現させるのかということはほぼ問題にならなかった。NHK党の立花孝志氏などが行っていることは、政治に侵食して崩壊させることです。ですから、日本の選挙でもSNSのポスト・トゥルースが広がっていますが、米国の状況とは次元の異なる問題だと見ています。

 日本は冷戦後、世界の中でどういう立ち位置を取っていくべきかということを考えず、ひたすら米国に追従しました。それによって日本の地位を確立しようとした安倍晋三元首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げたのです。戦後レジームとは、国連体制や世界人権宣言など、もう戦争はしないと決めた世界秩序で、日本国憲法はそれを体現したものです。安倍氏は、米国のグローバル派が主張していた新自由主義化と世界統治の中での役割分担に乗ることによって国内では自分たちが永続的に権力を持とうとした。私はそれを「支配層の自発的隷従」と呼びました。

 安倍氏以降の歴代首相は、彼のつくった体制を引き継いできました。ところが、「赤旗」がスクープした裏金問題などによって自民党政治の根腐れ状態が明らかになり、自民党が選挙で永続的に勝ち続けるという構造が崩れ始めた。そのときに、日本のSNS戦略派が、あるべき政治をたたきつぶし、新しい商売に利用しているのが実態だと思います。

 ―欧米の関係についてはどう見ていますか。

 西側諸国などはいまだに、自由、民主主義、人権をつくり出した国として米国に世界の規範であってほしいと考えているため、独善的で専制主義的な大統領が復活しては困るとトランプ氏の復活におびえています。しかし実際の米国とはどんな国なのか。米国のグローバリズムは冷戦時代からすでに始まっていましたが、新自由主義との合体グループで、資源の確保と軍需産業の拡大(力の支配)を第一義的な目的としています。米国を動かしている最も大きな原動力は私企業の利益で、国家は私企業の乗り物として機能している。国際関係もそれが根底にあります。

 グローバル化以降、IT産業は全部米国から出てきて、世界の市場がそこにぶら下がっています。SNSの拡大もすべて米国発の多国籍企業が膨大な利益を独占的に得ていくことにつながっています。トランプ氏は今それを最大限利用しようとしていて、そのエージェントが宇宙まで産業化しようとしているX(旧ツイッター)のイーロン・マスク氏です。

 ―トランプ米政権と日本の関係、デジタルメディアのあり方についてどう考えますか。

 日本が政治・経済的に自立的な姿勢を取ることが何より重要で、今はチャンスです。

 「米国第一主義」を主張するトランプ氏が再び大統領に就任したこの機会に対米自立を図る。アジアの平和安定のためにも中国との関係を再構築するなど、日本は自立していく道を探るべきです。

 ポスト・トゥルースと言われる状況に対抗するためには、自身で考え、真実を知る努力をすることが大切です。フェイクをまき散らして社会に害を与えるものは人権侵害で、規制していく必要があります。そしてデジタルメディアの管理は、ある程度公的に行うことも考える必要があるかもしれません。

 つまり、誰もが安心して生きられる公的空間・公的領域を下からもう一度つくり出していくことこそ、今日の世界で求められていることであり、デジタルメディアもその視点から見直す必要があると考えています。


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