2025年1月11日(土)
2025焦点・論点 被爆80年
国連で核禁条約を補強する動きも
大阪大学名誉教授(核軍縮) 黒澤満さん
被爆者がつくった「人道的アプローチ」 「唯一の戦争被爆国」の役割発揮を
広島・長崎への原爆投下から80年。国連における核兵器を巡る議論は、核保有国が行ってきた核軍縮の議論から、非核保有国が主導する核兵器禁止へと議論の内容を発展させてきました。「力の支配」から「法の支配」へと国連を中心にした変化について、大阪大学名誉教授で核軍縮が専門の黒澤満さんに聞きました。(加來恵子)
![]() (写真)くろさわ・みつる 1945年生まれ。大阪大学名誉教授、大阪女学院大学名誉教授。日本軍縮学会初代会長。『核不拡散条約50年と核軍縮の進展』など著書多数 |
―国連が創設されてから核兵器を巡る議論はどういうものだったのでしょうか。
国連は創設当初から「すべての核兵器および大量破壊兵器の廃絶」を目標とする決議を行いました。
当時、アメリカのみが核兵器を持っていたため、核兵器の問題は国連を中心に議論や交渉が行われていました。その後、核保有国が増え、国連総会で核問題が話し合われましたが、安全保障理事会では安保理常任理事国による拒否権発動でつぶされてしまう状態が続いています。
1962年のキューバ危機の時、核兵器が使用されるのではないかという危機的状況に陥りました。結局、ソ連がキューバに核兵器を配備しない代わりにアメリカはトルコに配備した核兵器を撤去することで決着します。
その後、68年に核不拡散条約(NPT)が採択され、70年に発効します。
―2017年に採択された核兵器禁止条約は非核保有国が中心になって署名・批准が進んでいますね。
17年に核兵器禁止条約が122カ国の賛成で採択され、21年に発効し、現在までに94カ国が署名、73カ国が批准しています。
一方、軍事同盟や軍事ブロックに参加せず、中立の立場で平和を維持するために努力している非同盟諸国で、禁止条約に入っていない国があります。これらの国は禁止条約に入れるはずですが、核保有国による経済援助などの圧力で入れない状態にあるようです。裏を返せば、核保有国にとって禁止条約を批准する国が多数派になることは、国際条約の規範力が高められるために何としても阻止したいということです。
これらの国がまとまって禁止条約に入れば、核保有国の圧力をはね返すことができるでしょう。
核保有国だけが核軍縮の議論を行うのではなく、非核保有国を含めた積極的な議論をする場が禁止条約です。
この条約は核兵器の使用および威嚇の禁止を大きな目的とし、いま核保有国が基本的な理由としている「核抑止」の合法性を問うています。国際人道法を念頭に、「国家の安全保障」ではなく、「人類の安全保障」の考え方のうえに人道的アプローチをする新しい考え方を取り入れました。
禁止条約はこれまでの「力の支配」から「法の支配」への変化をつくり出しました。
![]() (写真)核兵器廃絶を求め、ノーベル平和賞授賞式後にパレードする参加者たち=2024年12月10日、オスロ(吉本博美撮影) |
―禁止条約を後押しする動きもでています。
24年の国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障問題)では、核戦争が引き起こす影響について研究する独立した科学者の専門家委員会を設立するとした決議を採択しました。決議は、禁止条約を推進してきたアイルランドとニュージーランドが提案したものです。
核兵器の非人道性を明らかにするための委員会設置は禁止条約を補強するためのもので、明らかに一つ上の段階に進んだと思います。
この流れに対し、核兵器を巡る国際安全保障環境は、キューバ危機以来最悪の状況を示しています。ロシアのウクライナ侵攻および核兵器使用の威嚇をはじめ、米ロ、米中の対立など核軍備競争は激化しています。核軍縮に関する国際規範を弱体化する状況を生み出しています。
しかも、アメリカでトランプ大統領が誕生します。彼はアメリカファーストで、18年にはイラン核合意から離脱し、19年にロシアと結んだ中距離核戦力全廃条約(INF)から離脱しています。トランプ政権の下で世界情勢が危険になるのではないかと危惧しています。
「国家の安全保障」という概念にとらわれると、相手の攻撃力に対して防御力を高め、お互いがさらにそれを高めていくという際限のない軍拡競争に陥ってしまいます。
―昨年の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞で世界の安全保障環境の悪化に警鐘がならされました。
被爆者が語ってきたのがまさに「人類の安全保障」でした。授賞理由は「広島・長崎の被爆者による草の根運動である日本被団協が、核兵器のない世界の実現に向けた努力、特に核兵器が二度と使われてはならない理由を身をもって立証してきたこと」でした。
本来、日本政府がやらなければならないことを、日本被団協をはじめとした被爆者が行ってきたのです。禁止条約の締約国会議では、日本が締約国になっていないことへの驚きと同時に、核の被害国として禁止条約をリードするよう期待されています。
3月には禁止条約第3回締約国会議が行われ、第6条、第7条の被害者援助、環境修復、国際協力について議論されます。このなかで国際信託基金を設立し被害者援助と環境修復にあてるとしています。日本も禁止条約を批准すれば、これに協力できます。
被爆者援護法などの経験をもつ日本政府はこの会議にオブザーバー参加し、この分野で貢献できます。北大西洋条約機構(NATO)加盟国で「核の傘」の下にあるドイツやオランダも第2回締約国会議にオブザーバー参加しました。
日本は米国に忖度(そんたく)することなく、核兵器禁止条約に署名・批准し、「唯一の戦争被爆国」としての役割を果たすべきです。そのためにもまず締約国会議にオブザーバー参加するべきです。










