2024年12月6日(金)
主張
韓国「戒厳令」解除
民主主義希求する市民の勝利
「頭をよぎったのは光州事件だった」。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が突然宣言した「非常戒厳」に抗議し、国会前に集まった市民の声です。光州事件とは、軍事独裁を続けた朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の暗殺を受けて敷かれた戒厳令下の1980年、光州市での学生や市民の民主化要求運動を軍が武力弾圧し、240人以上の死者・行方不明者が出た事件です。
尹大統領は3日夜、1987年の民主化以降初めて非常戒厳を宣言し、解除を求める国会決議を受け、約6時間後の4日未明に撤回しました。
■軍事独裁ほうふつ
宣言を受けた戒厳司令官(陸軍参謀総長)の布告は、国会や地方議会、政党の活動、集会やデモなど市民の一切の政治活動を禁じ、メディアの報道や言論、出版も統制するものでした。
4月の総選挙で与党が大敗し過半数を占める野党が予算案に合意しないなど政権運営の行き詰まりを打開するためとされていますが、野党を「北朝鮮に従う反国家勢力」だと決めつけ、戦時に準ずる国家非常事態として非常戒厳を宣言したことは、民主主義破壊の暴挙に他なりません。
武装した戒厳軍の部隊が一時、国会に突入するなど、かつての軍事独裁政権をほうふつとさせる事態に、深夜にもかかわらず数千人の市民が国会前に駆けつけ、宣言に反対して国会内に入ろうとする国会議員を後押しし、解除決議の採決にこぎつけました。国会関係者がバリケードを築いて軍の侵入を防ぐ様子も放映されました。
朴大統領暗殺後、軍を掌握した全斗煥(チョン・ドファン)は光州事件を起こし、その後、大統領に就任。軍事独裁を続けましたが、87年に学生や市民による大規模な運動で民主化が実現します。
尹大統領の非常戒厳を打ち破ったのは「韓国社会、韓国国民の民主主義の強さ」です。「この根本には、1987年、民衆が自らの力で独裁権力に終止符を打った民主革命がある」(日本共産党の志位和夫議長)のです。
■日本も危険な動き
今回の韓国での事態は、日本の憲法に「緊急事態」条項を新たに設けることの危険性を示しています。
この間、自民、公明、国民民主、維新の改憲勢力は、緊急事態条項の創設を強く主張してきました。
自民党の憲法改正実現本部は8月末に「論点整理」をまとめ、憲法9条への自衛隊明記とともに、「緊急政令」の制度を導入する必要があるとしています。
緊急政令とは、「異常かつ大規模な災害」に加え、「『国難』とも言うべき、武力攻撃、テロ・内乱、感染症まん延等」の緊急事態時に、国会が法律を作るのを待てないことを口実に内閣が制定するものです。
尹大統領が行ったように、内閣が緊急事態を勝手に判断し、緊急政令で人権を大幅に制限する危険があります。政治活動や報道・言論・出版の自由まで規制されかねません。韓国で遺物になったものを日本に持ち込むことは許されません。
先の総選挙では、改憲勢力の議席が改憲発議に必要な衆院の3分の2を下回りました。巻き返しを許さないため、日本でも民主主義の力をいっそう強く大きくしていく必要があります。