2024年5月28日(火)
きょうの潮流
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が話題です。帯には「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」とあり、身につまされて手に取る人も多いのでしょう▼著者は文芸評論家の三宅香帆さん(30)。IT企業に就職した1年目、本を全く読んでいないことに愕然(がくぜん)とし、自分が自分でなくなったような空虚感と読書への渇望に耐えきれず、その3年半後に会社を辞めました▼興味深いのは、当時、本を読む時間はあったのに、本を開いても目が自然と閉じてしまっていた、と語っていることです。単に時間の問題ではないとすれば、そこにはどんなメカニズムが働いているのか▼「読書は労働のノイズ(雑音・不要な情報)になる」と分析します。経済効率優先の労働にはノイズの除去と自己管理が必要な一方、本は社会や感情、未知の領域等のノイズを提示してくる制御できない存在で、だから読書は排除される、と▼しかし教養とは「自分から離れたところにあるものに触れること」であり、読書は「自分から遠く離れた文脈に触れる」経験をもたらしてくれる、と著者。仕事に直結する情報しか受け付けない生活では、他者との交流や過去から未来へのつながりの中で自己を捉えることも難しくなるでしょう▼働いていても本が読めるよう、著者は「半身で働く社会」を提案します。全身全霊で働くのをやめれば「片方は仕事、片方はほかのものに使える」。さて当方、逆に本を読むのが仕事。半身を何に使うか思案中です。