2024年2月8日(木)
2024とくほう・特報
政府が訪問介護報酬引き下げ方針
事業者も家族も 「撤回を」
ヘルパーの誇り傷つける 「在宅介護終わりの始まり」
「在宅介護の終わりの始まり。介護保険崩壊の第一歩」―。政府が来年度の介護報酬改定で、訪問介護事業所に支払われる基本報酬の引き下げを打ち出したことに事業者や介護家族、市民がその撤回を求めています。(内藤真己子)
![]() (写真)厚労省に抗議文を提出後、記者団の質問に答える全国ホームヘルパー協議会の田尻会長(左)と、日本ホームヘルパー協会の境野会長=1日、厚生労働省 |
今月初め、厚生労働省は怨嗟(えんさ)の声に包まれました。認定NPO(非営利団体)法人「ウィメンズアクションネットワーク」(上野千鶴子理事長)や、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」(樋口恵子理事長)など5団体が引き下げに抗議、撤回を求める緊急声明を1日発表しました。数日で2400人以上の賛同が集まり、事業者が駆け付け「訪問介護はなくてもいいと言われているよう。衝撃だ」と告発しました。
同じ日、全国社会福祉協議会全国ホームヘルパー協議会の田尻亨会長と、日本ホームヘルパー協会の境野みね子会長も厚労省を訪れ、武見敬三厚労相宛て抗議文を提出しました。両団体は介護報酬を審議する厚労省審議会で「基本報酬の引き上げ」を強く求めてきました。引き下げに「私たちの誇りを傷つけ更なる人材不足を招くことは明らかで、このような改定は断じて許されない」と異例の 抗議に出たもの。田尻全国ヘルパー協会長は「いまだ信じられない。裏切られた気持ち」と語りました。
2~3%の減額
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来年度の介護報酬は全体で1・59%増とされました。ところが訪問介護は、「身体介護」(食事介助やオムツ交換など)も、「生活援助」(掃除や買い物、調理)も2~3%減額されたのです(別表)。
ホームヘルパーは有効求人倍率が15倍を超える(2022年)異常な人手不足です。そのため事業所の倒産が昨年は67件と過去最多を更新。2日の「ヘルパー国賠訴訟」東京高裁判決(谷口園恵裁判長)は請求を棄却したもののヘルパーの「低賃金や慢性的な人手不足」を認めました。
厚労省は、同省の「介護事業経営実態調査」で訪問介護の収支差率(利益率)が7・8%となり、全介護サービス平均を上回ったことを引き下げの主な根拠としています。
これに関係者が疑問を投げかけています。地域を1軒ずつ回る従来型の事業所の収支差率は6・7%。一方サービス付き高齢者住宅(サ高住)など集合住宅に併設され、ヘルパーが住宅内の利用者を回る併設型事業所は収支差率9・9%で、大きな開きがあります。
5団体の緊急声明は、「大幅な黒字は増加の一途の併設型の収益率が高いから」とし、地域を回る事業所と「カテゴリー自体を分けるべきだ」と訴えています。呼びかけ団体の「ケア社会をつくる会」世話人の小島美里さんは、「併設型事業所の数は27%ですが、そこに訪問介護報酬全体の40%が支払われています。ヘルパーの移動がなく、効率よく利益があがるので大手が参入し事業所が増えている」と指摘します。
「利益増」違和感
![]() (写真)利用者の自宅で食事の後の「口腔ケア」の介助をするホームヘルパー=京都市内 |
さらに抗議文を出した全国ヘルパー協議会の田尻会長は、従来型の収支差率にも「違和感がある」と言います。自身が所長を務める熊本市内の事業所は同1~2%で、調査と乖離(かいり)があります。「実態調査は煩雑で事務職がいない零細事業所は回答が難しい。回答していると思われるのは大手で、利益が出る身体介護を中心に受けているのでは」と田尻さん。「人員不足で人件費が減り見かけの利益が増えているが、経営の安定とはまったく違う」
厚労省は、基本報酬を下げたものの介護職員の賃金引き上げに充てる「処遇改善加算」を他のサービスより高く引き上げているので事業収入全体では影響はないとしています。
ところが田尻さんの事業所で試算すると月約0・8%の減収になりました。総報酬は、基本報酬などのベースに処遇改善加算率をかけて決まり、ベースが減れば加算率が上がっても減収になるからです。「処遇改善加算をこれまで取得していない事業所が取得したり、いまより上位の加算を取得しないと減収になると厚労省も認めています」と田尻さん。厚労省は加算がとれるよう支援するとしますが、「すべては難しい。加算が取れず事業所が廃止となれば、訪問介護が受けられなくなる地域が増え、不公平が拡大してしまう」。
緊急声明の会見で訴えた千葉勤労者福祉会介護部長の門脇めぐみさんも、法人の二つの訪問介護事業所で試算すると月0・6%の減収でした。「基本報酬引き下げで『賃上げはされないのか』とヘルパーが動揺しています。大幅賃上げができなければ物価高騰のなか生活が成り立たないと介護施設や他産業に転職してしまう。不安です」
事業所に約80人いるヘルパーの平均年齢は60歳程度で最高齢は80歳です。コロナ禍で20人が退職しましたが求人への応募はありません。「全産業平均の賃金が保障されなければヘルパーのなり手はいません。引き下げは撤回し新たな予算措置で大幅な処遇改善策を」と訴えます。
軍事費を回せば
介護家族や市民の間にも批判が広がっています。報酬改定を議論する厚労省審議会の委員の、鎌田松代・認知症の人と家族の会代表理事は、「まさかの引き下げ提案は驚くばかりで、強く反対した」と言います。「引き下げで地域の介護を支えている小規模な事業所の倒産・廃業が増えるでしょう。そうなれば住み慣れた自宅で暮らしたいと願う認知症の人と家族の暮らしが崩壊します」と抗議します。
元立命館大学教授の小川栄二氏は、多くの事例研究で「その人らしい暮らし」を取り戻すヘルパー労働の有用性を明らかにしてきました。「政府は『住み慣れた自宅にくらし続ける』をうたい文句にして入院・入所を抑制してきました。自宅で住み続けるために不可欠な訪問介護をつぶすのは“在宅放置”です」
大阪社会保障推進協議会の日下部雅喜さんはこう訴えます。「訪問介護の総報酬は年間約1兆円で国の負担は4分の1。2%強の基本報酬引き下げを止めるには国予算を60億円程度増やせば可能です。5年で43兆円の軍事費のごく一部を回せば良い。運動で実現させましょう」
「在宅」という名の放置 保険詐欺
認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長 上野千鶴子さんの話
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人手不足で倒産・廃業が相次ぎ、一番追い詰められている訪問介護事業の基本報酬の引き下げにはあぜん、ぼうぜんです。政府のメッセージは、自宅で高齢者が暮らし続けるために必要な生活援助は介護保険からはずし、ボランティアか私費サービスを使えということだと思います。
改悪の長期的シナリオは、要介護1・2の訪問介護と通所介護は保険から外し自治体に丸投げ▽介護保険を要介護3以上に限定▽利用料原則2割負担▽ケアプラン有料化―など。このままでは介護を再び家族に押し戻す再家族化か、お金次第の市場化のどちらか。家族もお金もない人は「在宅」という名の放置になるでしょう。これでは契約違反の保険詐欺になります。
報酬改定はまだ「案」の段階。厚労省のパブリックコメントに市民の声を集め、改定を阻止しましょう。












