2023年11月19日(日)
きょうの潮流
原爆より民族差別の方が恐ろしかった。長崎在住の作家・大浦ふみ子さん(82)の短編『かたりべ』(光陽出版社)の中で、在日韓国人被爆者の老人がそう語ります。本作の韓国語訳が先月ソウルで出版されました▼「小さな作品なのに、思いもしない大きな反響に戸惑っています」と大浦さん。訳者のチョン・ウノクさんは冒頭のセリフを「日帝植民地支配と祖国の分断、朝鮮戦争によって日本に残らざるを得なかった、在日の苦難に満ちた人生を象徴するもの」と▼小説のモデルとなった徐正雨(ソ・ジョンウ)さんは、14歳で強制連行されて端島(はしま)炭鉱(軍艦島)で働かされ、異動先の三菱長崎造船所で被爆しました。晩年は自身の過酷な体験を証言し続け、2001年に亡くなりました▼小説では高校教師と生徒が、証言で知った強制労働と被爆の体験を、演劇にして公演しようと努力しますが…。韓国語版の解説でキム・ジョンスさん(記憶と平和のための1923年歴史館長)が次のように書いています▼「公演するために苦労する描写からは、日本帝国主義の犯罪を告発する日本の市民たちの姿が思い浮かぶ。それが実現しなかったことは日本政府が過去の歴史を否定している現実の反映だと思われた」▼大浦さんが所属する日本民主主義文学会は、戦争の被害だけでなく植民地支配と加害を描くことに努めてきました。「1万人の朝鮮人が長崎で爆死したこと、日本人がひどい差別をしたことは忘れてはいけない歴史です」。大浦さんが込めた思いです。