2023年9月17日(日)
きょうの潮流
漫画家の中沢啓治さんが広島で被爆した自身の体験を込めた『はだしのゲン』。ゲンの目の前で父と姉、弟が亡くなっていく場面は強烈でした▼24の言語に翻訳されています。ほとんどがボランティアの手によるといいます。中国語に訳したのが、名古屋市在住の坂東弘美さんです。2008年から7年余りをかけて。その逸話がこの夏、NHKEテレ「こころの時代」で伝えられました▼きっかけは、日中戦争に出征した父親の話です。沈黙していた父が73歳のとき、小学生の孫と坂東さん宛てに手紙を書いてくれました。3カ月間で便箋343枚に及びました。中国で何をしてきたか。「隠れていた婦女子を見つけ銃剣で刺殺…」▼優しい父がどういう顔をして殺したのだろう。坂東さんは中国に渡る決意をします。北京の中国国際放送で働いているときに、タイ語の『はだしのゲン』に出合います。民族差別や中国への加害の歴史も描いているのを知って、中国語に翻訳しようと決めます▼引き込まれた登場人物は、ゲンの父親。ゲンに「しっかり生きろ」「麦のように」と言い続け、戦争は間違っていると主張して特高警察に連行されてしまいます。やがて坂東さんは気づきます。自分の父が黙ったままではなく、戦争の真相を伝えようとしたことに▼番組の最後に坂東さんは「仕方がなかったですまされることか」と力を込めました。足元に目を向ければ岸田政権が進める大軍拡。いま改めて、戦争の足音を何としても拒否しなくては、の思いが。








