2023年7月4日(火)
「優生手術」国会の調査報告書
高橋千鶴子共産党衆院議員に聞く
国策で重大な人権侵害
解決 社会全体で
旧優生保護法(1948~96年)の下で障害者らが不妊手術を強いられた問題をめぐり、国会は6月に調査報告書を公表しました。調査は、被害者への一時金支給法に基づき行われました。超党派議員連盟のプロジェクトチーム(PT)の一員として法案作成にかかわった、日本共産党の高橋千鶴子衆院議員に報告書について聞きました。(岩井亜紀)
![]() (写真)佐藤研二撮影 |
優生手術に関する歴史的検証が原告らや諸団体の要望でしたが当初、議連PTは検証には消極的でした。わたしは二度と繰り返さないために必要だと主張し、「調査」という表現ではありますが、一時金支給法の条文に盛り込むことができました。
調査報告書は、旧法に基づき国策として、本人の同意なしに不妊手術という重大な人権侵害をすすめてきたことをあらためて明らかにしています。
明治期に優生学が国内に広まり、「民族浄化」の名の下で優生政策として断種について検討されました。他方、当時の医学界では、手術対象となる疾患の治療法が確立されていなくても、治療法を研究すべき使命があるとして断種法に反対を表明する医師もいました。
「断種」言い換え
その後、「断種」は残酷な印象を与えるとして「優生手術」と言い換えて、国民優生法が40年に成立しました。「悪質な遺伝性疾患の素質を有する国民の増加を防圧する」ことなどを目的としました。
他方、同法成立以前の15~39年までに、らい予防法下で「かかりやすい体質」を理由としてハンセン病患者1000人超が断種手術をさせられてきました。旧優生保護法は「任意」なら良いとして法的根拠をもたせました。断種手術が結婚の条件とされたのです。
同法制定時の国会審議に関しては、参院厚生委員会の2回の質疑のうち1回分だけ議事録が残されていました。すべての会議録があったわけではないので断定はできないものの、優生保護法案の審議で優生手術に関して批判的な観点からの議論がなされた形跡はなかったと報告書は明記しています。衆参両院とも“生まれないことがその子の幸せ”といった議論が正当化され、同法は成立しました。
法改正時も含め日本共産党は、優生政策としての同法の問題に切り込むことはありませんでした。穀田恵二党国対委員長は一時金支給法制定時(2019年)に、不作為の責任があったとして心からの謝罪を表明しました。
教育に「優生学」
報告書は、明治後期からの教育課程にもメスを入れ国策で優生政策がすすめられてきた問題を明らかにしました。旧優生保護法成立後、優生学は、国民優生と遺伝を教えるなど理科(生物)だけでなく保健体育、家庭科などの学習指導要領にも取り入れられました。それは同法が廃止される1996年まで続きました。
今回の調査は、衆参両院の調査室と国会図書館が約3年にわたって実施したものです。個人情報保護があり捜査権がないという限られた中でしたが、貴重な事実を明らかにしました。
今でも優生思想は社会のさまざまな側面に表れます。この報告書で優生手術の問題は終結したとみなすのではなく、これを出発点に問題の早期全面解決に向け取り組んでいきたい。
被害者の訴えをしっかり受け止め、社会全体が本気で解決に向けて取り組まねばなりません。そのためには国による謝罪と検証、再発防止として優生思想の根絶を目標に掲げることが必要です。謝罪と再発防止の意志を示すための国会決議をあげられるよう力を尽くします。









