2023年4月3日(月)
きょうの潮流
黒澤明はよく、ヨーロッパの名作をもとに映画をつくりました。シェークスピアの「マクベス」を戦国時代におきかえた「蜘蛛巣城(くものすじょう)」。ゴーリキーの原作と同じ題名の「どん底」▼最近になって、黒澤映画「生きる」がゲーテの「ファウスト」を下敷きにしていたことを知りました。映画は、がんで余命幾ばくもないと知った主人公が生きた証しを求めてさまよった末、下水で水浸しだった土地を公園に変え、満足して死んでいきます▼ファウストは余命を知る話ではありません。でも満足できる人生を求め、最後は海辺の土地の干拓事業を完成させて安らかに死んでいきます。たしかに「生きる」と重なります▼ノーベル賞作家のカズオ・イシグロさんは、「生きる」を11歳の頃にテレビで見て、深く感動したそうです。「うつろで浅い人生になるか、実りある人生になるかは、自分の選択だというのが『生きる』から受け取ったメッセージです」(本紙日曜版3月19日号)▼人びとのための行動こそ、人生を意義あるものにするというファウストから受け継いだテーマが、カズオ少年の胸にも響いたのでしょう。彼が発案し、脚本も担当したのが、黒澤版をリメークしたイギリス映画「生きる LIVING」(公開中)です▼黒澤映画を尊重しつつ、「いっそう希望のある物語」をめざしたというイシグロさん。若者の成長や恋も織り込みました。新しい「生きる」を通して、ヒューマニズムのDNAは、若い世代へと確かに手渡されています。








