2022年11月11日(金)
きょうの潮流
女性たちのあゆみに勇気をもらった―。男女の格差が世界で最も少ないアイスランドを取材した本紙特派員の記事に反響が寄せられています▼女性の社会進出と権利がひろがる国。挑戦と前進には100年をこえる草の根の運動が息づいていました。たゆまぬ女性たちのたたかいは日本でも。1886年、甲府の雨宮製糸で起きた争議が最初のストライキとして記録されています▼当時盛んだった製糸業を支えていたのは農村部から通う女工でした。劣悪な労働条件に加え、工場主が結託して移動の禁止や労働時間の延長、賃金切り下げなどを実施。それに対し、100人をこえる女工たちが近くの寺にたてこもりました▼同様のストライキは他の製糸工場に波及。のちに初期の労働組合がつくられていきます。1300人が決起した岡谷の山一争議や『女工哀史』の舞台となった東洋モスリン争議をはじめ、製糸や紡績の女性たちのたたかいはその後もつづきました▼戦前刊行された山田盛太郎『日本資本主義分析』は、外貨獲得のために奴隷のように働かされた女工が軍国日本の労働力の供給源となった構造を明らかにしました。それを打破するため、ともに立ち上がったのが伊藤千代子や飯島喜美といった日本共産党員でした▼戦前は岡谷の製糸工場で働き、戦後も東芝の工場閉鎖・解雇とたたかってきた同僚記者の母親も、その一人。93歳の生涯には、1世紀以上も前から女性の解放とジェンダー平等を求めてきた党の歴史が刻まれていると。








