しんぶん赤旗

お問い合わせ

日本共産党

赤旗電子版の購読はこちら 赤旗電子版の購読はこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年7月8日(金)

きょうの潮流

 あす9日は森鴎外の没後100年にあたります。軍人として軍医総監に上りつめ作家として多くの名作を残しました。しかし軍人と作家の二足のわらじは、ときに矛盾と衝突、妥協することがたびたびでした▼最初の小説「舞姫」は、主人公が日本での立身出世のため、ドイツ人の貧しい恋人を捨てる話。鴎外の実体験が元です。評論家の加藤周一は「実生活の上での妥協を文学的創造力に転化するという、鴎外の一生を貫く原則は、このときにはじまる」と評しました▼鴎外の文学には、いかめしい顔の裏にある「弱き心」がいくどものぞきます。日露戦争の従軍経験を詩歌に記した「うた日記」のなかの「罌粟(けし)、人糞(ひとくそ)」もその一つです▼兵士に強姦(ごうかん)された中国娘が死のうとして罌粟の花をたくさん食べた。母親が吐かせようと人糞を食べさせたが効かない。通訳から話を聞いた鴎外が吐き薬を与えて去った、という内容です。自分を「死(しに)の使(つかい)」とうたい、住民に死と苦しみを与える軍隊を自嘲するかのように▼従軍から7年後の小説「鼠坂(ねずみざか)」。戦場で中国の女性を服従させ殺した日本の新聞記者が、その女性の七回忌にあたる晩、幻影におびえ脳卒中で死ぬ。怪談に託して戦場での性暴力を告発しました▼鴎外は部下に戦争の感想を聞かれ、「いやしくも軍服を身に着けた軍人が戦争の感想など言えるはずがない。強いていうならば悲惨の極(きわみ)」と答えています。良心を抱えつつ多くの矛盾を生きた鴎外。加藤周一は「時代の人格化」と呼びました。


pageup