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2021年2月14日(日)

こんなときこそ

旭爪あかね

 本紙で連載小説を執筆した作家・旭爪あかねさんが昨年11月に亡くなりました。没後、コロナ禍の日々に書いた詩「こんなときこそ」が発見されました。紹介します。


こんなときこそ 心は自由でいようね

と 友達が言った

ああ 本当だね そうありたい

外出も 食事会も 語り合いも

控えなければならなくなった 窮屈な この時代に


たくさんの人に敬愛される 亡き詩人が

一日の仕事の終り 男も女も

黒麦酒の大きなジョッキをかたむける と歌った六月

わたしたちは ある日とつぜん 突き落とされた

仕事と休息の 区切りのない暮らしに


友達は 話してくれた

疲労と憤りと未(いま)だ去らぬ不安を滲(にじ)ませて

テレワークしている すぐ隣で

子どもたちはゲーム三昧(ざんまい) そして しょっちゅう喧嘩(けんか)

学校は 給食は いつになったら始まるのか

先の見えない あの三月四月は 地獄だった

その頃から 毎晩 ほんの一分でも

月を眺めるようにしたの

今夜は九時頃が お月見タイムになりそう

それはいいね わたしもやってみよう

九時十五分にベランダに出て 千切れ雲浮かぶ灰青色の空を見上げたら

南西の方角 黒い木立の少し上に

白い半月が ぽっかりと浮かんでいた

おーい 友よ そっちでも見てるかい

スマホも持たず 電車にも乗らず

でも今 わたしたち 心と心でつながってる


詩人は歌った 昼がもっとも長くなる この季節

すみれいろした夕暮が 若者のやさしいさざめきで満ち満ちる と

今も 夕暮れ時は訪れてくれるけれど

若者たちは やさしくさざめいてはいられない

学問のための資金が底を突き 苦学するにも働き先がなく

働いていた者たちは 賃金を減らされ 職場を追われ 住まいも失くして

灯の戻った夜の街中に しばし 繰り出せど

賑(にぎ)やかなひとときには どこか苛立ちと 空騒ぎの気配

若者の時代を過ぎた わたしたちも

時折だけ そっと集まり

向かい合って乾杯するのを避けて

一言二言労(ねぎら)いあったら そそくさと別れる


簡単だよ あぷりヲだうんろーどスル必要モナイカラ

Zoomを使って お喋(しゃべ)りしよう

と 友達からメールが届いた

えっ できるかな ちょっと時間をください

あたふたする アナログ人間のわたしたち

いつでもいいよ ゆっくり準備してね

そう言って友達が送ってくれた 白猫の写真の絵葉書

急がないでニャ! でも待ってまーす

ブルーブラックのインクが踊っている

ありがとう ニャンとものろくて ごめんね

トラネコのイラストの絵葉書で 返事を書いた

いやいや これでは Zoomとやらで会話をするのは

クリスマスの頃になるかしら

それでも ガラパゴスに暮らす わたしたち 島のあちこちで

パソコンの覆いを外し 埃(ほこり)を払う


病気で大好きなお酒が飲めなくて かわいそう

代わりに これを飲んで 元気出してね

そう言って 友達が 甘酒を送ってくれた

おお 友よ

アルコールに溺れたことのない あなたは知らない

酒は酒でも 酒とはいえど 甘酒が

酒とは似ても似つかぬものであることを

代わりにはならん…… と思ったけれど

身体の声を よくよく聞けば

今 お酒は飲みたくない と言う

そうか 飲みたいのは 脳だけか

それではと 冷やした甘酒を 豆乳で割り

搾り生姜(しょうが)を ちょんぼり混ぜて

ゴクリとやった ノンアルコール甘酒の 美味しさよ!

ビバ甘酒

飲む点滴と 称讃される その滋養

脳にも 新たな 快感の回路がつくられる


詩人は書いた その有名な詩を

一九五六年 六月の 朝日新聞に

分断された国と国との戦争の 特需が終わり

もはや戦後ではないと 白書が告げる その直前に

詩人は書いた

「どこかに美しい人と人との力はないか」


時を経て わたしたちの住む この国は 今

もはや戦後ではない空気を 身にまとう

当時とは 異った意味で

不穏と 暴力は 地球の上に溢(あふ)れているけれど

今 世界は求めてる

休戦を 非戦を 核と戦争の放棄を謳(うた)う条文を

国境を超えて拡(ひろ)がった災禍に 向かい合うため

国境を超え 結びあわされねばならない ときが来た

美しく たくましく しなやかな 人と人との力を

家にこもって オンライン会議に出席し

ギャングのような 子どもたちの世話に 手を焼きながら

友達は そしてその友達も

ハッシュタグつけて 横暴な政権に物申す

五年前の夏 国会の前で

社会や政治に声を上げることを スタンダードにしたい と語った 女子学生

彼女や 彼女とともにいた あのときの若者たちに 訊(き)いてみたい

あなたたちが願い 呼びかけたことが

この国で 現実になりはじめていること

どんな想いで 見つめていますか


SNSを駆使できない ガラパゴスのわたしは

島内の グループホームに 電話をかける

わたしよりももっと アナログな母に

今のこの国の ポリティカルトレンドを語れば

まあ とても真似(まね)できないけど

若い人たちは すごいねえ と母

つながり合い 行動する 最先端の人々の動きを

近く親しく感じてくれる おばあさんや おじいさんを 増やしたい

それがわたしの 今できる つながりのつくり方


大好きな詩人よ どうか嘆かないで

わたしたちは今 変わろうとしている

生きなければならない 一人ではなく みんなで

その切実な 必要と希求に迫られて

だから 世界も 動きはじめてる

固定観念を打ち壊し

みずからの殻を破り

旧(ふる)き因習に挑み

皆とおなじことをしなければならないという重圧から 解き放たれ


こんなときこそ 心は自由でいよう

離れていても つながり合おう

ひとりひとりが 本当の思いを 言葉にしよう

そして その勇気を讃(たた)え合おう


今のこのときが 準備する

来るべき明日

わたしたちはきっと この手につかみとる

今よりもずっと ずっと ずっと

大きくて 美しく 喜びにあふれた すべての人に行き渡る

幸せな自由を


 引用 茨木のり子「六月」


写真

 ひのつめ・あかね 作家、日本民主主義文学会元副会長。2001年から02年に本紙に「稲の旋律」を連載。同作で第35回多喜二・百合子賞。10年に「アンダンテ~稲の旋律~」の題で映画化。続編『風車の見える丘』『月光浴』、『菜の花が咲いたよ』『歩き直してきた道』ほか。20年11月8日、卵巣がんのため53歳で死去。


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