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2019年8月18日(日)

マルクス『資本論』のすすめ

新版の刊行によせて

不破哲三・萩原伸次郎・山口富男 3氏語る

 日本共産党社会科学研究所監修による新版『資本論』(全12分冊、新日本出版社)の刊行が9月から始まります。刊行によせて、不破哲三・党社会科学研究所所長、萩原伸次郎・横浜国立大学名誉教授、山口富男・党社会科学研究所副所長の3氏に、新版『資本論』の特徴と面白さなどについて語ってもらいました。


意欲的でこれは面白い

新版準備の条件が整った

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(写真)(左から)萩原、不破、山口の各氏

 萩原 新版『資本論』の一面広告(本紙7月25日付)や宣伝リーフレット(4ページ)を見ましたが、たいへん意欲的な企画ですね。『資本論』研究の進展を真剣に受けとめ、共産党の社会科学研究所として新版に生かし、仕上げてゆこうという意欲に満ちています。未来社会論でも、恐慌論でも、必要な場合はマルクスの草稿を紹介するそうですから、私の研究との関係から見ても“これは面白いぞ”と感じます。

 不破 『資本論』の新書版は1982年から89年に刊行しましたが、それ以来30年たちます。この間に『資本論』の諸草稿がすべて刊行され、日本語訳の刊行もすすみました。また、エンゲルスの編集上の問題点も明らかとなり、その解決を含め、新しい内容をもった新たな版を準備する条件が整ったのです。新版では、これらの問題点の解明とマルクスの学説の到達点を明確にすることに特別の力を入れました。

 山口 新しい条件を踏まえ、訳文、訳語、訳注の全三部全体にわたる改訂となりました。第一部「資本の生産過程」(4分冊で刊行)では、マルクスが校閲した初版(1867年)、第2版(1872~73年)との異同、マルクス自身が独自の意義をもつとしたフランス語版とそれを受けた第3版(1883年)、第4版(1890年)での改訂箇所を示すことを重視し、原注についても、どの版でつけられたかをすべて明記しました。

 萩原 第一部の初版では、エンゲルスの注文もあって、付録に「価値形態論」をつけましたね。これらはどう処理されるのですか。

 山口 初版での本文と「付録」での価値形態の二重の叙述は、第2版で一本化されて、統一した叙述に改められました。訳注でその経過を示し、必要に応じて、初版での叙述を紹介しています。

 萩原 フランス語版については、新書版でも注が豊富で、“フランス語版の方がわかりやすい”と、ずいぶん役に立ったのですが、もっと増えるわけですね。

 山口 第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」を例にとると、関連の訳注が30近く増えます。そのほか、マルクス独自の重要概念である「独自の資本主義的生産様式」、「全体労働者」について訳語を統一し、歴史的事項については、第一部だけで50余りの新訳注をつけました。

第二部、第三部に大問題が

新しい恐慌論をめぐって

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(写真)新版 資本論

 不破 改訂上の大きな問題は、第二部「資本の流通過程」と第三部「総過程の諸姿容」にありました。(第二部は3分冊、第三部は5分冊で刊行)

 『資本論』は、マルクスが順序よく発表したものではありません。第二部(1885年)と第三部(1894年)は、エンゲルスが、残されたマルクスの遺稿から編集したもので、大事業でしたが編集上の問題点も残したのです。

 一番大きな問題点は、エンゲルスが恐慌論におけるマルクスの到達点を見落としたことです。マルクスは、表題を『資本論』として第一部の最初の草稿を1863年8月に書き始め、64年夏にこれを書き上げます。つづいて64年後半に、第三部前半の三つの章(現行の篇)を執筆します。

 それに続いて、65年前半に第二部第一草稿を書きますが、そのなかで、マルクスは、自身の経済学説の組み立て全体に影響を与える大発見をしたのです。その発見とは、新しい恐慌論――恐慌がどういう仕組みで起こるかについての解明でした。それまでマルクスは、恐慌は利潤率低下の法則の発動によって起こり、それが資本主義を没落に導くと考え、第三部前半もその立場で執筆しましたが、その証明はついにできませんでした。

 新しい発見は、資本の再生産過程に商人が入り込み、再生産過程が商品の消費の現実の動向から独立して進行するようになって恐慌が起こるというものでした。私はこれを「恐慌の運動論」と呼んでいます。この発見は、恐慌論だけでなく、第三部前半で展開した没落論の誤りを明らかにして、これ以後の『資本論』の内容に大転換を引き起こすものでした。

 エンゲルスは、そこを見落とし、第二部第一草稿を“断片的な草稿で、利用できなかった”としてしまいました。そのため、第二部では、新しい恐慌論は展開されないままに終わり、第三部の編集では、マルクスが捨てた最初の没落論が復活させられたのです。

 萩原 そうすると、第三部の第三篇(「利潤率の傾向的低下の法則」)までは大転換以前の構成で、第四篇の商人資本から、そのあとの信用論をふくめた後半部分が、不破さんのいう恐慌の運動論を認識したマルクスの書いている部分と理解していいのですか。

 不破 マルクスは、第三篇では利潤率の低下で恐慌が起こるということを一生懸命に証明しようとするけれども、65年後半に書いた第四篇の商人資本のところでは、それを抜きにして恐慌を説明しています(第四篇第18章「商人資本の回転。価格」)。そこに断絶があるのです。ところが、この部分は、商人資本の特殊な話と受け取られて、恐慌論の本論と読まれなかったのですね。新版では、これらの点も訳注で指摘することにしました。

 萩原 私も、『世界経済危機と「資本論」』(新日本出版社)で、商人資本のところから恐慌論を引用しましたけれど、たしかに目立たない。(笑い)

研究上の苦闘ぶりを再現

マルクスを歴史のなかで読む

 不破 第一部の最初の草稿と第三部の前半部分は古い構想で書くのですが、恐慌の運動論を発見して以後、新しい立場で、信用論、地代論をふくむ第三部の後半(第四篇~第七篇)を書き、1866年から第一部の完成稿の執筆に入ります。こうして第一部も、賃労働を含め、労働日や労働者の発展をくわしく書き入れる構想に変わるのです。

 現行の第一部の末尾には、資本の側の搾取強化とそのもとで「訓練され結合され組織される」労働者階級の闘争を軸にした社会変革の必然性が書き込まれています(第24章第7節)。ここに新しい没落論の定式化があります。

 萩原 新版の宣伝では、「第二部第一草稿に書き込まれた新しい恐慌論の全文を収録」とありますね。

 山口 マルクスは第二部を、資本主義的生産様式の経済的矛盾の最も深刻な表れである恐慌の総括的解明で結ぶ構想をもっていました。このことを考慮し、新版では第二部の末尾に、その起点となった研究として第二部第一草稿の関係部分を収録したわけです。

 萩原 分量はどのくらいになりますか。

 不破 第一草稿の邦訳でいうと、『資本の流通過程』(大月書店)の数ページ分(47~49ページ)です。訳注では、マルクスの三つの文章のそれぞれに説明をつけました。

 萩原 マルクスの新しい恐慌論の展開を直接、確認できるわけですね。第二部では、拡大再生産の表式化のところにも編集上の工夫があるようですが。

 不破 第21章「蓄積と拡大再生産」で、マルクスの試行錯誤が記録されているところですね。マルクスも、草稿を仕上げるときには直したところでしょうが、新版では、拡大再生産の表式化に到達するまでのマルクスの研究経過と苦闘ぶりをつかめるように、独自の訳注で四つの節区分を示すことにしました。

 萩原 非常に読みにくいところを、マルクスの研究上の苦闘を再現しながら、マルクス自身の歴史のなかで読もうというのだから、面白い。

第三部での未来社会論をめぐって

最初の草稿のときからの問題意識

 萩原 第三部の第七篇第48章については、エンゲルスの編集を組み替えて、初めのところに「未来社会」についての言及をもってくるとのことです。これも、日本共産党の理論研究のレベルを世間に知らしめることになると思います。

 山口 現行第48章「三位一体的定式」の冒頭には、エンゲルスによって三つの断片が置かれています。いまでは、断片IとIIは第48章の別の箇所に入ることがわかり、IIIも冒頭に置く必要がなくなりました。それぞれを適切な箇所に移し、マルクスの草稿どおりに、未来社会論を展開した部分を冒頭に置き、訳注でその経過を説明しました。

 不破 諸草稿を読むと、ここでの未来社会論は、マルクスが最初の経済学草稿『一八五七~五八年草稿』にとりかかった最初のときから、すべての人間が自分の意のままに活用できる「自由」な時間をもつことに、未来社会の根本問題があるとして、その展望を発展的に展開してきたことがわかります。

 第三部第七篇には、その到達点が、「自由の国」と「必然性の国」という印象的な言葉を使って展開されています。この一節は、現行版では、「三位一体的定式」という俗流経済学の滑稽な図式批判の文章のなかに埋め込まれていて、未来社会論がそこにあるとは、多くの方が気づかなかったのではないか。

 草稿では、[ ](角カッコ)つきで書かれた一節ですが、これは、マルクスが、文章を書いている地点の主題とは別個の問題をそこに書き込むときに使う方式なのです。エンゲルスも、この文章の意義を読み取っていたら、第七篇の冒頭の角カッコつきで書かれた未来社会論を、俗流経済学批判のなかに埋没させることはしなかったと思います。

 私たちは、2003~04年の党綱領改定のさいに、マルクスのこの解明に注目し、人間の全面的な発達をはかる「自由な時間」をつくりだすことを、未来社会における人間生活の変化の最大のものと意義づけました。

 萩原 私が長くいた大学で、『資本論』研究者の佐藤金三郎氏と一緒の時期がありました。『一八五七~五八年草稿』などの研究から、“共産主義社会というのは、自由な時間なんだよ。これがキーワードなんだ”と、私に言うのです。佐藤先生は1989年に亡くなり、そのような指摘はずっと下火になっていました。そこに、不破さんが「未来社会論」という形で「自由な時間」という問題を『資本論』のなかから取り出してこられた。これは、ソ連がつぶれて“社会主義がだめだ”という声にたいして、“そうでない。本来の展望はここにある”ということを示そうとした大きな仕事だと思います。

「私が全巻予約の第1号になる」(萩原)

 不破 マルクスは第二部、第三部についての膨大な草稿を残しましたが、進行状況をエンゲルスに知らせると、“早く仕上げよ”と言われるから、事前の相談をしないのです。事情を知らないエンゲルスは、相当な苦労をして『資本論』第二部、第三部の編集にあたります。第二部の編集のあとだいぶたってから第三部に取りかかりますし、その間の構想の変化などを見落としても仕方のない面もあります。エンゲルスがこの大仕事をやっていなかったら、『資本論』は第一部だけで、あとは草稿で残されたということになり、困りますからね。

 ですから、私たちは、マルクスの学説の到達点とエンゲルスの編集上の問題点を検討し、その仕事の継続をやるつもりで、新版の編集にあたりました。

 山口 新版『資本論』全12冊は、9月20日から隔月で刊行し、2021年10月に完結の予定です。古典選書版の大きさで、セットで2万1600円(税抜き価格)。2年がかりの事業となりますが、ぜひ、手にとっていただき、読み手を広げてほしいですね。

 萩原 面白いうえに、これは安いですよ。私が全巻予約の第1号になります。大いに活用させてもらいましょう。


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