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2019年3月1日(金)

主張

朝鮮三・一運動100年

歴史の過ち直視し未来志向へ

 100年前の1919年3月1日、日本の植民地支配下にあった朝鮮の京城(現・ソウル)で独立宣言書が発表され、街頭で「独立万歳」を叫ぶ示威行動が全土に広がりました。「三・一独立運動」です。宣言書は、独立が民族自決の正当な権利であるだけでなく「東アジアの平和を重要な一部とする世界の平和、人類の幸福に必要となる階段」であり、「日本を正しい道に戻して、東アジアを支えるための役割を果たさせようとするもの」と強調しました。三・一独立運動は、日本との真の友好と平和のための協力に向けた展望までも先取りしたことを示しています。

国民間の理解と交流深め

 三・一独立運動は激しい弾圧を受けましたが、45年の日本の敗戦による朝鮮の解放、65年の日韓国交正常化を経て、98年に金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相が発表した「日韓パートナーシップ宣言」で三・一独立運動が示した展望は実現へ大きな一歩を踏み出しました。植民地支配に対する「痛切な反省と心からのお詫(わ)び」を日韓の公式共同文書として初めて明記するとともに、「和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させる」ことを約束したのです。

 日本が歴史の過ちを直視した上で、友好と協力を深めようと合意したという点で、真の「未来志向的な関係」に向かう出発点に立った画期的な共同宣言でした。

 しかし、日本の首相や閣僚による靖国神社参拝、日本軍「慰安婦」に加え、最近では徴用工問題が浮上し、歴史問題が日韓関係をこじらせています。日本政府は65年の日韓請求権協定、2015年の「慰安婦」問題についての日韓外相合意を挙げて、植民地支配下の朝鮮半島出身者の被害は全て「解決済み」の一言で片づける態度です。

 政府間の外交合意があるとはいえ、被害者一人ひとりが抱える深刻な心の傷を癒やしてこそ「解決」と言えるはずです。日本政府の姿勢は、そこからかけ離れていると言わざるを得ません。

 政府間関係が冷え込んでいる一方、国民レベルの交流と相互理解は著しく進展しています。「韓流」はすっかり日本に定着し、世界的スター「防弾少年団(BTS)」が昨年11月から日本で行った9公演には、38万人のファンが詰めかけました。韓国の最大手書店で09年から10年間に最も売れた小説は東野圭吾の127万部、2位は村上春樹の100万部です。昨年、訪韓した日本人は295万人、訪日した韓国人は753万人、初めて合計1000万人を超えました。

 日韓パートナーシップ宣言が指摘している通り、「政府間交流にとどまらない両国国民の深い相互理解と多様な交流」が日韓協力の基礎になります。

協力し平和への大転換を

 困難を抱えつつも朝鮮半島で平和への激動が始まりました。朝鮮半島の非核化、恒久的な平和の構築が進めば、戦争の脅威にさらされてきた北東アジアは、平和と繁栄の地域へと一変します。三・一独立運動が目指した「東アジアの平和を重要な一部とする世界の平和」への旅程が始まろうとしています。日韓両国政府も協力して、北東アジアの平和と安定に向けた大転換を促進すべきときです。三・一独立運動100年を機に、日本政府が歴史を直視する誠実な姿勢を取り戻すことを求めます。


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