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2018年10月10日(水)

故翁長雄志前沖縄県知事の県民葬

玉城デニー知事の式辞 (要旨)

写真

(写真)式辞を述べる玉城デニー知事=9日、那覇市

 玉城デニー沖縄県知事が、9日に那覇市内で行われた故翁長雄志前県知事の県民葬で述べた式辞(要旨)は次の通りです。


 本日、ここに故翁長雄志元沖縄県知事の県民葬を執り行うに当たり、145万県民に代わり謹んで哀悼の意を表します。

 翁長雄志さんは、終戦から5年後の1950年に、旧真和志(まわし)村、現在の那覇市大道でお生まれになりました。元真和志村長の翁長助静(じょせい)氏を父に持ち、兄の助裕(すけひろ)氏も県議会議員を務めるなど、政治家一家に育ったこともあって、幼い頃から政治家になることを志し、那覇市議会議員に初当選した1985年から、本格的に政治の道を歩み始めました。

 那覇市議会議員、県議会議員を歴任された後、那覇市長として14年間、「協働のまちづくり」に尽力されました。

 また、沖縄の歴史認識に係る教科書検定問題など、沖縄が断じて容認できないことについては、県民の心を一つにして国に訴えるため、県民大会の先頭に立たれました。

 私も国会議員として参加したオスプレイの配備撤回を求める東京要請行動では、沖縄県内の全ての市町村長と議会議長をはじめ、超党派の沖縄選出国会議員、県議会議員が参加しました。これらのオール沖縄の取り組みは、翁長雄志さんがいなければ、実現することはなかったでしょう。

 その後、沖縄県知事に就任してからは、「経済」、「幸せ」、「平和」の三つの視点から、沖縄の未来を切りひらくためのさまざまな取り組みを行いました。

 基地問題では、辺野古に新基地を造らせないことを県政運営の柱に掲げ、埋め立て承認の取り消しなど、あらゆる手法を駆使して新基地建設の阻止に取り組まれ、国と対峙(たいじ)しながらも沖縄の民意を強く訴え続け、多くの県民の共感を得ました。

 一方で、米国や国連に足を運び、沖縄に米軍基地が集中している現状を国際社会に訴えるとともに、全国知事会を通じて日米地位協定の改定を国に求めるなど、基地負担の軽減に尽力されました。

 また、沖縄はアジア・太平洋地域への玄関口として大きな潜在力を秘めており、沖縄の持つ潜在力を存分に引き出すことが、日本再生の原動力となることから、「沖縄県アジア経済戦略構想推進計画」を策定し、アジアのダイナミズムを取り込むことで、入域観光客数の大幅な増加や、完全失業率や有効求人倍率の改善など、経済面でも多くの成果を挙げました。

 さらに、貧困の連鎖を断ち切るのは、おとなの責任であるとして、子どもの貧困問題の解消に心血を注がれました。

 翁長雄志さんは、県民が自ら持ってきたわけではない基地をはさんで、「経済」か「平和」かと、厳しい二者択一を迫られてきた現状に終止符を打ち、県民が心を一つにしてさまざまな困難を乗り越えるため、イデオロギーよりアイデンティティーを大切にしていこうと訴え続けました。

 そして、県民一人ひとりが誇りある豊かさを手に入れることを真剣に考え続けました。

 沖縄は、今まさに、東アジアの中心として世界に枝を広げ、人々を魅了してやまない伝統文化と多様な個性が輝く場所として根を張ろうとしており、大きな木になるため、一歩一歩着実に発展を続けています。

 われわれ沖縄県民は、翁長雄志さんの遺志を引き継いで、ウヤファーフジ(祖先)を敬い、自然を愛し、他者の痛みに寄り添うチムグクル(肝心)をもって自立と共生の沖縄を創りあげ、生まれてくる子どもたち、明日を担う若者たちに、平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう、一丸となって努力し続けることをお誓い申し上げ、式辞といたします。


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