2017年12月2日(土)
笹子トンネル事故 中日本元社長ら書類送検
究明求めた遺族の5年
責任追及・再発防止へ「歩みの始まり」
「なぜ、このような事故を防げなかったのか。やっとこれからいろんなことがわかってくる」(犠牲となった上田達さん=当時(27)=の父、聡さん(65))―。中央自動車道・笹子トンネルの天井板事故は発生から2日で5年。目前の11月30日、山梨県警が中日本高速道路の金子剛一元社長ら8人を甲府地検に書類送検しました。この5年間、「原因究明・責任追及・再発防止」を掲げてたたかった遺族の歩みを振り返りました。(矢野昌弘)
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「この一瞬一瞬を息子に与えてやりたいと思い続けています。勤務先の退社手続き、携帯電話の解約など息子の生活記録を解消していったこと、これら一つ一つがどれほどつらく、悲しく、悔しいことか想像できますか」
2013年7月、横浜地裁―。森重之さん=当時(27)=を失った父、和之さん(66)は、こう意見陳述しました。
12年12月2日午前8時ごろ、山梨県の笹子トンネル上り線で約140メートルにわたり天井板が崩落。走行中の車3台が下敷きになり、9人が死亡し、3人が負傷しました。上田達さんらシェアハウスで暮らす青年5人も犠牲となりました。
社員と毎月対話
青年たちの両親らは、笹子トンネルを管理する中日本高速道路と、保守点検を担当した中日本ハイウェイエンジニアリング東京を相手に損害賠償を求めて民事訴訟を起こしました。
子どもを突然、失った悲しみを訴え、事故を防げなかった中日本の姿勢を厳しく批判しました。
これに対し、中日本側は「(ボルトの異常を音で感知する)打音検査などの点検をしていても事故を未然に防ぐことはできなかった」と主張。過失を全面否定したのです。
さらに中日本側は当初、遺族らが資料提出を求めても応じようとさえしませんでした。遺族らは14年2月、金子剛一元社長ら役員4人に新たな損害賠償訴訟をおこします。
金子元社長は15年6月の被告尋問で「(点検が)不十分との認識はありません。私への報告では、(点検は)要領にのっとって行われていると聞いている」と過失を全否定しました。
裁判所の外でも、原因究明をもとめる遺族の取り組みがありました。小林洋平さん=当時(27)=の父、寿男さん(70)は、国土交通省や中日本などに手紙を書き、「利益を優先、点検の費用を節約するために手抜きをしたことが原因」と訴えました。
石川友梨さん=当時(28)=の両親、信一さん(68)と佳子さん(59)は、毎月の月命日に自宅に来る中日本社員と対話を重ねました。信一さんは、その理由をこう語ります。
「会って考えを聞く、事情を知るだけでも違うと思い、事故翌月から来てもらったのです。続けるのは、遺族係を通じて少しでもわれわれの気持ちがわかる人を社内に増やしたいから」
佳子さんは自宅を訪れた金子元社長に「この子たちが命をかけて『この会社は危ないよ』と教えてくれたのですよ。いい会社になってくれなければ困る。私たちが応援したくなる会社に生まれかわってくださいね」と訴えかけました。
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安全軽視の姿勢
会社を相手取った裁判では15年12月、横浜地裁が中日本の過失責任を認め総額4億4300万円の賠償を命じます。一方、役員4人の過失責任を問う裁判で、横浜地裁は遺族の訴えを退けました。
控訴審の東京高裁では、和解に向けて協議しましたが、被告の金子元社長らは過失を認めることを拒否し、協議は決裂。高裁判決はまたも遺族敗訴となり、最高裁は今年5月、遺族の訴えを認めませんでした。
しかし、裁判を通じて中日本高速の安全を軽視する姿勢が明らかになりました。主な争点となった、事故の3カ月前の点検で、予定していた打音検査を取りやめることで、作業の日数が10日間から6日間に短縮。人員ものべ90人から42人に縮小し、経費を節減していたのです。
遺族らの一歩も引かない訴えを受けて、ようやく山梨県警は金子元社長らを書類送検に。県警から知らされた11月22日、石川信一さんは「民事裁判では承服しかねる結果だった。事実解明が刑事では明らかになってほしい強い願いがある」と語ります。
松本玲さん=当時(28)=の父、邦夫さん(66)と母、和代さん(66)夫妻は、JR福知山線事故の遺族らと「組織罰を実現する会」を16年4月につくりました。組織罰は、公共交通機関などを営む法人が重大事故を起こした際に罰金を課すというもの。講演や署名活動をしています。
邦夫さんは決意を込めてこう語ります。
「重大事故を起こした組織、経営者が責任をだれも取らないのは社会通念上、許されないし、再発防止と未然防止のために絶対によくない。(書類送検は)歩みの始まりだと思う」