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2015年5月1日(金)

2015 焦点・論点

「残業代ゼロ」 何をもたらす

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 過労死の促進につながる「残業代ゼロ」制度=「高度プロフェッショナル制度」の創設をねらう安倍政権。労働基準法改悪案を閣議決定し、国会に提出しました。「残業代ゼロ」制度は、働き方にどのような影響をもたらすのか。制度のモデルがある米国の実態はどうか。2人の識者に聞きました。 (行沢寛史)


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働き方の根幹を掘り崩す

大阪市立大学名誉教授 西谷 敏さん

 労働時間の問題を考える際のポイントは何か。私は、「労働は1日8時間」という原則を確認することから出発すべきだと思います。

社会全体にゆがみが

 8時間労働制は、1日を三分して、8時間働き、8時間休息(睡眠)をとり、そして8時間の自由時間を享受するというものです。つまり、働きながら、家族や友人と過ごす、あるいは自分の趣味や社会的活動などの時間を保障するという重要な原則なのです。

 ヨーロッパやアメリカの労働運動は、長年の血のにじむような努力の結果、8時間労働制を獲得してきました。現在、EUでは残業を含めて週48時間が最高限度になっています。

 日本ではどうでしょうか。労働基準法で1日8時間とされていますが、残業協定=三六(さぶろく)協定により、労働時間の歯止めがなくなっています。週60時間以上働いている労働者がたくさんいます。

 日本の長時間労働の弊害はとりわけ過労死、過労自殺という極端な形で現れています。過労死の根絶は緊急の課題です。

 しかし、長時間労働は、過労死や健康破壊の原因になるだけではありません。それは、労働者の自由な人間らしい生活を妨げ、社会全体に大きなゆがみをもたらします。その観点から長時間労働を見直すべきです。

 いま必要なのは、いかにして長時間労働に歯止めをかけ、8時間労働制を現実のものとするかです。安倍政権は、この課題に逆行しています。

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(写真)「残業代ゼロ」制度に反対する雇用共同アクションのデモ行進=3月6日、東京都千代田区

 労働基準法改悪案のポイントは二つあります。一つは、裁量労働制の対象範囲の拡大です。これは、長時間労働をさらに助長することになります。

 最大の問題は、「高度プロフェッショナル制度」の創設です。労働時間制限を受けず、時間外手当支払いなどの規制を適用除外にする労働者をつくるものです。

 前回2007年にホワイトカラー・エグゼンプションの導入に失敗したことを反省したのでしょうか。「時間ではなく成果で評価される働き方」などと、わざとわかりにくい表現でごまかしています。しかし、「いくら残業させても残業代は払わない」という本質は変わりません。

 残業代の支払いは、労働時間を短縮するための規制と、長く働いた分の補償として賃金を支払うという二つの意味があります。

 「高度プロフェッショナル制度」の対象とされる年収1075万円以上の労働者であれば、なぜこの二つの意味をもつ残業代を支払わなくてもよいのか。政府の説明はいずれも納得できる根拠を示していません。

 また労働者には、自らの裁量で仕事をすすめるという条件もありません。長時間労働を命じられても拒否できないのです。

8時間労働制の否定

 この制度が認められれば、8時間労働制が正面から否定され、労働基準法の体系が崩壊しかねないと思います。

 労働基準法をはじめとする労働法は、労働者を保護するために企業の行動を規制する法律です。規制の緩和は、労働者に大きな影響を及ぼします。労働者は当事者なのです。規制緩和を防ぎ、労働法を強化するには、労働者、労働組合の強大な運動が必要です。


モデルの米国は規制強化

弁護士 中村 和雄さん

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 今年1月、日弁連調査団の一人として、米国の労働時間法制を調査してきました。米国には、「高度プロフェッショナル制度」のモデルであるホワイトカラー・エグゼンプション(WE、労働時間規制の適用除外制度)があります。

 その米国はいま、労働時間規制を強化しようとしています。

 米国では1938年に公正労働基準法が制定されて以来、WEが導入されてきました。現在、対象となるホワイトカラー労働者は、週455ドル(5万4600円)以上の収入とされています。月収で22万円弱、年収で262万円程度です。米国のホワイトカラー労働者の9割近くが、WEの対象になるといわれます。

 米労働省はこの十数年間で、適用除外とされる労働者の広がりと長時間化を懸念していました。

 実は米国では、ブッシュ政権下の2004年に労働統計がとられなくなり、正確な実態がわからないのです。しかし、オバマ大統領は昨年3月に出した覚書で、WEの見直しを指示しました。内容は、年収要件などの引き上げ、対象労働者の要件の明確化です。

 これを受けて、米労働省は、近く省令の改正案を出す予定です。

 改正の背景には、労働時間をめぐるいくつかの問題があります。

あきれた日本の議論

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(図)出典 米会計検査院「公正労働基準法―現代労働におけるホワイトカラー・エグゼンプション」(1999年9月)

 一つは、労働時間規制の適用から外れている労働者は、規制が適用される労働者より長時間働いていることです。米会計検査院の1999年調査では、WEの労働者の方が、労働時間が長いのです。

 そこで調査団員が米労働省の担当者や組合の幹部に「日本では、残業代を払うから『ダラダラ残業』となり、残業代をなくせば定時に帰るという意見がある。どう思うか」と質問しました。すると「経営者は残業代を払わなくていいなら、いくらでも残業させる」「日本ではなんてバカな議論をしているんだ」と、あきれていました。

 もう一つは、WEの対象となる労働者が不明確になっていることです。米国は、日本よりも職務が明確で、WEの対象労働者も細かく定められています。しかし、WEとされた労働者が、対象として適格なのかという問題が噴出し、2013年には残業代をめぐる訴訟が全米で8000件近く起きています。

 日本では、職務がよりあいまいです。いくら省令で細かく定めても、対象要件を満たすのか、という問題はつきまとうでしょう。経営側の弁護士からも、高額訴訟が提訴される危険が高まるとの懸念がすでに出ています。

大幅賃上げで時短を

 日本で労働時間規制の適用除外制度を導入することは、長時間労働が深刻な問題となっている日本の実態にも、米国のこうした動きにも逆行しています。

 いま米国では、最低賃金引き上げを求める動きが強まっています。これは、1日8時間労働でも、生活できる賃金の保障を求める運動として、労働時間の問題とも結びついています。日本でも長時間残業の温床になっている固定残業代がついて初めて、まともにくらせる賃金になる例はたくさんあります。労働時間の短縮にとっても大幅賃上げが必要です。


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