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2015年1月6日(火)

きょうの潮流

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 年始から戦後を考える企画が目に付くなか、本紙の訃報欄にふたりの語り部が並びました。原爆の痛ましさを伝えた片岡ツヨさんと、沖縄戦の生々しさを証言してきた宮城喜久子さんです▼終戦後に米軍が原爆の威力を記録するために撮影したフィルム。そこに映った顔にケロイドがある女性が片岡さんでした。長崎の爆心地から1・4キロの兵器工場で被爆。「顔をぴたぴたとムチでたたかれた」ようになって意識がとびました▼無我夢中で浦上川まで逃げると、死体やむごく傷ついた人の群れが目の前に。ふと気付くと、自分の体も焦げていました。当時24歳だった片岡さんは、残った顔の傷に思い悩み、何度も死を考えたといいます▼「ひめゆり学徒隊」だった宮城さん。先生や学友と死の彷徨(ほうこう)を体験しました。砲弾、銃弾、火炎放射器…。迫りくる米軍の攻撃に自決を覚悟しながら海岸の岩陰に。そこで米兵の乱射にあい、すぐそばで次々と倒れ死んでゆく仲間たち。「地獄そのものでした」▼ともに忘れてしまいたいあの時を、いつまでも平和な世であってほしいと語り継いできました。そこには次の世代に二度と私たちのようなつらい経験を味わわせたくないという、つよい決意がありました▼戦後、そして被爆から70年。こうした被爆地や沖縄の声を一顧だにしない政権が大手を振る日本。共産党の志位委員長は党旗びらきで呼びかけました。「極右勢力による政治支配に対して、立場の違いをこえ、理性の声を一つに集めるとき」だと。


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