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2014年9月7日(日)

辺野古新基地に反対

未来への道は 武力でなく愛

18年たたかう嘉陽宗義さん(91)

沖縄

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 米軍新基地建設に反対し、住民らの抗議行動が続く沖縄県名護市辺野古。1996年に日米両政府が新基地建設を合意して以来、18年たたかい続けるおじいがいます。91歳になる嘉陽宗義(かよう・むねよし)さんは、「日本が世界中の尊敬を得て繁栄するためには、武力でなく心からの愛で他国民と接することだ。それが未来への道だ」と語ります。

 (秋山豊)


写真

(写真)「二度と、戦場に若者を送ってはいけない」と話す嘉陽宗義さん。妻の芳子さんが持つのは海軍時代の宗義さんの写真=沖縄県名護市辺野古

 抗議の座り込みが続く米軍キャンプ・シュワブゲート前から歩いて10分余。嘉陽さん宅に、抗議行動の後輩たちが訪ねてきては「おじい元気? 座り込みに行って来るよ」と声をかけます。

 嘉陽さんは「何かあったら大変だからと心配してくれるが、歩けなくて抗議に行けないのが残念。ゲート前まで行けなくてもいい。家の近くで、一人でもいいから座り込みたい」と執念を燃やします。

戦争体験

 辺野古で生まれ育った嘉陽さん。新基地建設に反対し続ける背景には、悲惨な戦争体験がありました。

 「天皇陛下と国のため、戦争で死ぬことに疑問は抱かなかった。それが正しいことだと教えられ、素直に聞いていた」

 戦時中、海軍の兵士としてベトナム南東部にあるカムラン湾の警備にあたりました。軍服を着た19歳のときの写真を手に、記者に問いかけます。

 「君は人を殺せるか? 殺せないだろう。戦場では敵を殺さなければ上官に殺される。16歳や17歳の少年兵が、銃弾の中を真っ先に突っ込んで行ったんだ。戦争のむごたらしさを子、孫にひきつぐわけにいかない」

 嘉陽さんの左足のつけ根には、肉がえぐれた傷痕が今も残っています。「戦闘中のことで、いったい何の破片が足を貫いたかもわからん。今でも、針で刺されるような激痛だ。二度と、戦場の地獄に若者を送ってはいけない。命をかけてたたかいぬく」と、嘉陽さん。妻の芳子さん(86)の支えがないと一歩も歩けません。自宅の壁には手すりが何本も付いています。

 取材中、嘉陽さんが「私の右側から話しかけてほしい」と言いました。左耳は、戦争が原因で聞こえなくなったといいます。「何があったかは話さない」と言う嘉陽さんに代わり、芳子さんが語ります。「戦争中は、言うことを聞かないと上官に殴られるのが当たり前でした」

歴史学べ

 嘉陽さんは、抗議船を排除し、多額の金で漁民を沖縄防衛局の警戒船に動員して海底調査を強行している安倍政権のやり方に怒りを隠せません。

 「首相は、戦国時代に織田信長が滅びた歴史を学ぶべきだ。反対運動をつぶそうとすればするほど、県民の怒りは燃え上がる。世界の人々と力を合わせて日米両政府を追いつめていく。私たちは必ず勝利する」


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