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2012年9月3日(月)

被災者を励ます歌うたう「ソウル・フラワー・ユニオン」

ボーカル 中川敬さんに聞く

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 ロックバンド「ソウル・フラワー・ユニオン」が歌う「満月の夕(ゆうべ)」。阪神・淡路大震災の中で生まれた歌が、いままた東北の被災者を励ましています。ボーカルの中川敬さんは、1980年代から原発について発信してきました。東日本大震災、東京電力福島第1原発事故から1年6カ月がたとうとするいま、原発事故をどう見ているのか、また被災地への思いなど話を聞きました。(栗原千鶴)


音楽。感情出せるようになる

デモ。ここに声が厳然とある

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(写真)音楽フェス「NONUKES2012」で熱唱するソウル・フラワー・ユニオン=7月7日、千葉・幕張メッセ

 被災地からは、本当に多くのものを学ばせてもらってます。東日本大震災後、まず4月に支援物資を持って宮城県石巻市に入って。当初、被害の大きかった女川町で見た光景には、言葉が出なかったです。そこに立ち尽くすしかなかった。

場を共有できる曲

 被災地で演奏を始めたのは5月に入ってから。流行歌や民謡が中心です。阪神・淡路のころから被災地での演奏は、みんなと一緒に歌える、場を共有できる楽曲に徹してます。

 避難所では、被災者はプライベートな空間も確保できないまま現実を突きつけられ続けてる。ライブのときくらいは現実から離れてもらいたい。だから共有できる、みんなの知ってる唄(うた)で一緒に歌遊びをやっている感覚ですね。

 演奏中は、唄と笑いが中心にありますが、号泣される人もいます。阪神・淡路大震災の時もそうでした。1995年2月、出前ライブの一番最初の日、演奏が終わったあとに、目を真っ赤にしたおばちゃんから「あんたの唄でやっと泣けたわ。ありがとうな、がんばりや、兄ちゃん」と言われ、ばちーんと背中をたたかれて。そのたたかれた勢いでいま俺はここにいるような気がする。(笑い)

 あのおばちゃんにはほんま感謝してる。音楽があることによって、感情が出せるようになるんよね。泣くだけじゃなくて、笑う、怒るとか、感情を解き放つことができる。俺もそうやし。音楽の力ってすごいよ。

 俺は1980年代から反原発運動にかかわってました。でも95年の阪神・淡路大震災のころあたりから、忙しさにかまけて反原発運動から離れてました。こんなことになるのなら、もっと危険を訴えておくべきやったという悔恨があります。

 震災から1年たった今年の3月11日、「世界はお前を待っている」という曲をつくりました。被災地でも、福島とそれ以外の東北、首都圏、また、それを受け止める西日本と、人それぞれ事情も感情もバラバラ。そういうなか、表現者が断定的に、乱暴にものを言うのが気持ち悪くてね。

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(写真)東京都内で開催されたデモに参加する中川敬さん(中央)

 簡単に言うと、勇ましいことを言うのは後でいいという気持ちになったのです。まずはいろいろな人と話をしたいなと。それぞれいつか出番がくるんやから焦らんでええやん、って。この時代、孤独だと思っている人も多いけど、みんな必ず誰かに必要とされてる。いつか出番がくる。そんな思いを込めた曲です。

時間許す限り行動

 原発をめぐる現在の状況の根本には、結局、政府や東電が福島第1原発事故を小さく見せたいということがあります。もちろん原子力行政を続けたいからでしょう。「核から手をひく」「すべての原発を廃炉にする」と国策で決めることができれば、国あげて、福島第1原発の現状を正面から見つめ、受け止められるようになるでしょう。本来こんな地震列島で原発はありえないのです。

 時間が許す限り、首相官邸前や大阪の関電本店前の抗議、デモに行くようにしてます。その辺のお母さん、子どもたち、おじいちゃん、おばあちゃん、普段異議申し立てをする習慣がなかった人たちが真剣に声を上げている姿を見るだけでも奮い立たされるよね。

 小選挙区制では小さな声はかきけされ続けてます。デモでも、抗議行動でも、踊りでも、歌でも、あらゆる手段をもってして意思を表明したい。

 要は、奴隷ではいたくないということなんですよ。ひとつのデモで何かが変わるわけではないけれど、怒りの集積、人垣から起こる鬨(とき)の声がここに厳然とある、という事実の積み重ねが重要なんです。今までだって、こうやって世の中は変わってきたんですから。


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