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~9月のテレビラジオ面~

☆「耳の新聞」パーソナリティー41年 小田垣康次さん

☆永六輔さん脚本 60年経て放送

☆災害報道 どう向き合う

☆「スカーレット」主演・戸田恵梨香が語る

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□「耳の新聞」パーソナリティー41年 小田垣康次さん(2日付)

 RAB青森放送が視覚障害者のために生活情報を毎週放送しているラジオ番組「RAB耳の新聞」。その取り組みが評価され、放送文化基金賞の優秀賞を受賞しました。第1回からパーソナリティーを務める小田垣康次さんに聞きました。(記事を読む

□永六輔さん脚本 60年経て放送(16日付)

 60年の時を経て、昨年5月に放送された「永六輔の見た青森~ラジオドラマ『雪どけ』をめぐって」。制作したRAB青森放送のラジオ制作部部長、山本鷹賀春さんに話を聞きました。(記事を読む

□災害報道 どう向き合う(23日付)

 全国のAMラジオ局37社が加盟する「火曜会」。研修会が開かれ「災害報道 ラジオに求められるもの」をテーマにパネルディスカッションが行われました。ラジオパーソナリティーの荻上チキさんが進行役。支援に役立つラジオ放送を考えました。(記事を読む

□「スカーレット」主演・戸田恵梨香が語る(30日付)

 101作目のNHK連続テレビ小説「スカーレット」が始まりました。信楽を舞台に男ばかりの陶芸の世界に挑んだヒロイン・川原喜美子の半生を描くドラマ。主演の戸田恵梨香は取材会で「その時代の女性たちに敬意を伝えながらやりたい」と語りました。(記事を読む

●「〝ドラマ×マンガ〟戦争めし」映画化(4日付)

 食べ物の逸話を通して戦争中の人々を描き、NHKBSプレで昨年8月に放送された「〝ドラマ×マンガ〟戦争めし」。映画化され、その上映会が開かれ、主演の駿河太郎さん、漫画家の魚乃目三太さん、演出の平体雄二さんが作品を語り合いました。(記事を読む

●第46回伊藤憙朔賞 NHK連続テレビ小説「まんぷく」が受賞(14日付)

 「美術」スタッフの人たちに贈られる「伊藤憙朔賞」の授賞式が開かれました。本賞はNHK連続テレビ小説「まんぷく」の大阪拠点放送局スタッフ4人。「大阪の発展経過を、朝ドラにふさわしい明るさと温かさで見事に盛り上げ」たと評価されました。(記事を読む

◆ドラマで活躍・多彩な顔が登場 9月の「休憩室」(毎週日曜日掲載)

池間夏海さん(8日)ドラマ「ひなたの佐和ちゃん、波に乗る!」の主人公・佐和を演じました。初挑戦のサーフィンはすぐ立てるようになり「サーファー兼女優」を目指す?

シシド・カフカさん(15日)NHKEテレ「旅するゴガク」の「スペイン語」を担当。旅の中では「ギアを上げながら会話しているので2トーンくらい声が高くなっています」。

永瀬廉さん(22日)アイドルグループ「King&Prince」のメンバー。フジ系「FLY!BOYS'FLY! 僕たちCAはじめました」でドラマ初主演。男性CAを演じました。

花守ゆみりさん(29日)アニメ「ラディアン2」(NHKEテレ)の主人公・セトの声を務めます。「音じゃない、魂だ」と書き込み第1期を〝完走〟。自信につながりました。

◆好評「試写室」 新ドラマ、ドキュメンタリーを紹介

 ジャーナリストや作家、ライター、詩人ら多彩な執筆陣が、新作ドラマやドキュメンタリーなどの話題作を取り上げ、見どころを伝えます。みなさんは今夜、どの番組を選びますか?

●石子順の「映画の窓」

 毎週金曜日付に掲載。評論家・石子順さんが、1週間分の映画(地上波、NHKBSプレミアム)を厳選して紹介します。

♪♪♪毎週月曜日付は「ゲツトク」です♪♪♪

  毎週月曜は1面を使った特集面をお届けします。通称「ゲツトク(月特)」。最新のテレビ・芸能情報から、話題の人へのインタビュー「思いのままに」「ラジオとともに」など内容も多彩。一流執筆陣による評論「波動」は放送界の「いま」を深く切り取ります。演出の巨匠・鶴橋康夫さんのコラム「ドラマの種」(随時掲載)が好評です。

◆「波動」執筆陣(50音順)◆

 碓井広義(上智大学教授)、河野慎二(ジャーナリスト)、桜宮淳一(在阪テレビ局報道記者)、隅井孝雄(ジャーナリスト)、利元克巳(広島マスコミ9条の会)

【反響続々! 月イチ連載に注目を】

◇石井彰の「テレビ考現学」(第1月曜日付「テレビラジオ特集面」で掲載)

  放送作家・石井彰さんによる辛口コラム。その名も「テレビ考現学」。放送業界では、いま一体何が起きているのか…。〝ご意見番〟的に語り尽くします。

◇やきそばかおるの「ラジオの歩き方」(第4月曜日付)

国内すべてのラジオ局を網羅する異色のライター・やきそばかおるさんが、各地で愛される注目番組をセレクトします。これを読めば、あなたもきっと〝ラジオの達人〟に!

◇「おすすめ民放BSシネマ」&「イマイのこれ観よっ」

「テレビラジオ」欄で、民放BS各局で放送予定の映画を選りすぐって毎月紹介します。NHK朝ドラの脚本など数々の作品を手掛けた〝映画通〟今井雅子さんが、作り手目線でその月に観るべき作品を熱く語る「イマイのこれ観よっ」もあわせて、どうぞ!
 

♪♪♪読者・視聴者の「声」で紙面をつくります♪♪♪

◇あなたも投稿してみませんか~「みんなのアンテナ」
「あのドラマは感動した!」「ちょっとこの番組はヘンじゃない」…。テレビ・ラジオ番組の感想を募集しています。また、放送問題への意見も大歓迎です。

「みんなのアンテナ」は200字程度の原稿にまとめ、①住所②氏名(紙上匿名可)③年齢④電話番号を記入のうえ、以下のあて先・アドレスに送付してください。掲載の場合は薄謝を進呈します。

【はがき・手紙の場合】
〒151-8675  東京都渋谷区代々木郵便局私書箱62号

   【FAXの場合
 03(3350)5298

 【Eメールの場合
 hensyukoe@jcp.or.jp

※いずれの場合も「みんなのアンテナ係」と明記してください。


◎ラジオとともに/小田垣康次さん/RAB青森放送「RAB耳の新聞」パーソナリティー41年/視覚障害者に役立つ放送続けたい

 RAB青森放送(本社・青森市)が、目の見えない人や、弱視の人たちのために生活情報を40年以上、毎週放送し続けているラジオ番組があります。「RAB耳の新聞」(日 前6・40です)。その取り組みが評価され放送文化基金賞の優秀賞を受賞しました。第1回放送からパーソナリティー歴41年の小田垣康次さん(80)に番組への思いを収録スタジオで聞きました。(小川浩)

 小田垣さんは、半歩先を歩くディレクターのひじにつかまり歩く「手引き」で、スタジオのマイクの前に座り番組収録に臨みました。
 「おはようございます。私たち視覚障害者が、企画から取材、そして放送までを担当する『RAB耳の新聞』のお時間です」と滑舌のいい語り口を披露します。

幅広いテーマみずから取材

 この日のテーマは「必ず訪れる老後 そして旅立ち」(8月25日放送)です。「盲養護老人ホーム」に入所することになった友人が、家庭の事情や将来のことについて語ったインタビューや、その友人を「囲む会」の様子を織り込んだドキュメンタリー番組でした。
 7人いるパーソナリティーの一人で、1カ月か2カ月に1回、番組を担当しています。
 「青森県には盲養護老人ホームは一つしかないんです。視覚障害者に理解がある養護老人ホームやケアハウスが増えることを望んでいるので、今回、取り上げました」と小田垣さん。
 取り上げるテーマは幅広く、音声ガイド付きの商品も番組で紹介しています。
 「自ら取材先に交渉して大抵一人で行きます。収録した音源の編集に数時間、原稿作成に数時間、2人いるディレクターと打ち合わせをした上で、番組を制作していきます」
 栃木県生まれの小田垣さんが、視力を失ったのは、太平洋戦争中の4歳の時です。高熱と下痢が続き、薬でなんとか落ち着いたものの、光を失ってしまいました。
 目の見えない人への差別的〝就学免除〟の考え方が世の中にあった終戦の年の春。学齢で栃木県立盲学校へ入学しました。盲学校の先生のすすめで、東京教育大学付属の盲学校高等部へ進学して1962年、青森県立盲学校の教師になります。

全国に伝わる放送の影響力

 「耳の新聞」は、現役教師のかたわら、青森市盲人福祉会会長を務めていたとき、一度は断ったものの再び依頼を受け、「またとないチャンス」と思い直し、1978年5月6日から4人でスタートしました。
 おとなになってから失明して自死を考える人は多く、番組に勇気づけられて、盲学校への入学を決意した人もいます。
 「やはり放送の影響力はあると思っています」と小田垣さん。「せっかく機会をいただいているわけですから、視覚障害者の立ち位置を強調して放送したい。ラジオで県内一円、インターネットのラジコで全国へ情報を伝えられるわけです」と話します。
 「でも、聞いている人の数にこだわるという意味ではなく、一人でも、この番組を聞いて役立てばいい。大切なのは、そういうことだと思っているんです。何か感じたり、あるいは行動を起こしたり、そういうことがあれば、体力の続く限り、番組を続けます」

 おだがき・やすじ 1938年10月、栃木県生まれ。日本盲人会連合会相談役、全国視覚障害者外出支援連絡会・青森県窓口

           ◇
 青森放送以外の視聴方法 インターネットラジオ「radiko(ラジコ)」のプレミアム会員(有料)に加入する。
(9月2日付)


◎ラジオとともに/永六輔さん脚本、60年経て放送/RAB青森放送がラジオドラマ化

 60年の時を経て放送された番組があります。「永六輔の見た青森~ラジオドラマ『雪どけ』をめぐって」(昨年5月放送)。制作したRAB青森放送のラジオ制作部の部長、山本鷹賀春(たかはる)さんに話を聞きました。(小川浩)

 「雪どけ」は、永さんが20代前半に書いたオリジナル脚本。永さんと制作集団「雪の会」を旗揚げした当時のメンバーの一人、高木保さんが保管していました。
 永さんは、放送作家であり、「上を向いて歩こう」の作詞など多彩な表現者でした。パーキンソン病になりながらラジオ番組を続けました。2016年、83歳で亡くなりました。
 物語は、遠距離恋愛の若い男女を軸に展開します。
 山本さんは、「当時の若者像を通して、不便な生活の中でも、誰もが明るい未来を夢見ながら歩いていた時代が青森にもあったのだと制作しながら気づかされました」と話します。
 なぜ永さんは青森を題材に物語を作ったのか、当時を知る人たちの証言を加えた番組は「大きな反響がありました」。地元出身のタレント・伊奈かっぺいさんが協力しました。
 山本さんは言います。「60年が過ぎ、さまざまな証言を加えることで、とても興味深い番組に生まれ変わりました。当時の生活や若者の恋愛・結婚観をくみ取ることができたからです」

 「永六輔の見た青森~ラジオドラマ『雪どけ』をめぐって」は、横浜市の「放送ライブラリー」(無料、月曜定休)で聞くことができます。みなとみらい線日本大通り駅下車、3番出口。市バス「日本大通り駅県庁前」下車。

20代の永さん、素直で純粋で/タレント伊奈かっぺいさん

 「雪どけ」を津軽弁に翻訳した弘前市出身のタレント・伊奈かっぺいさんに、永六輔さんと「雪の会」について筆を執っていただきました。
 ◇
 昭和20年代後半。青森から東京の大学に進学した数人が三木鶏郎の「冗談工房」などを介し永六輔さんと知りあいになり仲間になっていったらしい。卒業を機に東京に残る者、青森に帰る者が相談し、何かしらの制作集団を作ろうとなって「雪の会」が生まれた。永さんはそのまま東京だが青森組の何人かは当時の〝ラジオ青森〟(現RAB青森放送)に就職。このつながりと流れで昭和30年代初頭から永さんは何度も青森を訪れ「雪の会」の舞台を創っていた。
 その活動のひとつにラジオドラマもあったのだが当時の担当窓口との行き違いで、そのドラマは放送されなかったらしい。そのまま半ば忘れられていた放送台本なのだが、永さんの訃報を機に、現雪の会の代表が昔の資料に目を通していて発見することとなる。
 手書きの原稿で〝ラヂオ青森放送台本・ドラマ「雪融け」(仮題)永六輔・作〟
 まるで「あの時、放送してくれなかったじゃないか」と永さんから催促されたような気がする。
 手書きの原稿に青函連絡船の汽笛、青森駅到着ノイズの指定。そして「以下の会話は適当に且(か)つ厳密に青森弁に直して下さい」と。
 今回、勿論(もちろん)、私が直接頼まれた訳ではないがト書きに従わせていただいた。今は、永さんの感想を聞きたい。
 ユーモアと皮肉で人々を楽しませたバラエティー番組の〝巨人〟だが、雪どけを書いた当時の永さんは、20代の素直で、純粋な青年だったのではないか。後に作詞した「上を向いて歩こう」の詞に通じる。
(9月16日付)


◎災害報道どう向き合う/支援に役立つラジオ放送とは/最低限の知識・情報学ぶ/知識をわかりやすく翻訳

 地震や大雨による災害が相次ぐ中で、放送局は災害報道とどう向き合うべきなのか…このほど都内で開かれた「火曜会」のラジオ研修会で「災害報道 ラジオに求められるもの」をテーマにパネルディスカッションが行われました。(中野侃)

 大妻女子大学教授・桶田敦さん、南海放送(本社・松山市)報道局長・三谷隆司さん、熊本放送東京支社編成部長・大久保勝博さんらがパネリストとして登壇。TBSラジオ「荻上チキ・Session―22」のパーソナリティー荻上チキさんが進行役を務めました。

平時からの備え

 突然起こる自然災害。災害報道は平時にどれだけ備えをしているかが試されます。東日本大震災などの災害報道にラジオパーソナリティーとして携わってきた荻上さんは「過去の災害を一つのケースとして学ぶことが大事」と語ります。
 荻上さんが2016年に出版した『災害支援手帖』は東日本大震災での失敗や成功を教材に本当に役立つ災害支援とは何なのかを問い直しています。同年の熊本地震の際には番組開始の数十分前に地震が発生し、混乱の中、マイクに向かいました。
 「発災直後は情報がとにかくない。さまざまな情報が整理されるまではパーソナリティーが自前で有意義な災害情報を提供しなければなりません。そうした時に、普段から災害への最低限の知識や情報を学んでおくことが非常に重要だと感じました」

ノウハウを持つ

 準備をしていても予想を大きく上回るほどの被害を及ぼす災害もあります。「地震を伝えるはずのわれわれが被災者になってしまった」と語ったのは、2016年4月の熊本地震を経験した大久保さん。放送局と送信所が停電になり、テレビが停波となる中でラジオだけが情報を伝える手段として残りました。「ゲストを呼んだり、外から中継をつないだり、限られた人数で何とか放送しました」
 被災地のメディアが放送困難に陥った場合、どのようにして情報を伝えればいいのか。
 TBSで災害報道を担当していた桶田さんは放送事業者間での連携が重要だと言います。「各局から来た支援者に自分たちで手が回らない取材をしてもらうなど連携の方法はさまざまです。うまく運用するためにはデスクや災害報道に関わる人が支援で来た人を動かすノウハウをどれだけ持っているかがカギになります」

情報発信の工夫

 18年の西日本豪雨を経験した三谷さんは「震災と水害では多くの違いがある」と強調します。「水害の場合はヘリを飛ばすこともできないし、雨が降りやむまでは取材陣を現地に送ることもできない」。また、情報の発信については「『水位』や『降水量』などの具体的な数字を言われても知識がないとイメージができない」など、水害報道特有の問題点を示しました。
 こうした発言を受けて、荻上さんは「メディアが情報を伝える際には漠然とした知識ではなく、わかりやすく翻訳することも必要だ」と指摘します。「例えば、『一日の雨量が何百㍉を超えます』というのを『通常のこの地域に降る1年分が1日で降ります』と一言を添えるだけで、どれだけ大変なことが起きているのかが分かります。こうした工夫で分かりにくい情報を解説していくことも必要かなと思いました」
 最後に、「ラジオと災害報道については考えることは山ほどあります」と荻上さん。「その局、その局なりの災害報道へのアップデートの手法を持ち帰っていただけたらうれしい」

火曜会 全国のAMラジオ局37社が加盟し、共同で番組制作に取り組む団体。正式名称は地方民間放送共同制作協議会。年に1回、若手制作者向けの研修会を開いています。
(9月23日付)


◎きょうから連続テレビ小説「スカーレット」/時代開いた女性に敬意もち/主演・戸田恵梨香語る

 101作目のNHK連続テレビ小説「スカーレット」がきょう30日から始まります。焼き物の里・信楽(滋賀県甲賀市)を舞台に、男ばかりの陶芸の世界に挑んだヒロイン・川原喜美子の半生を描きます。主演の戸田恵梨香がNHKで行われた取材会で、意気込みや役づくりの苦労、女性が働くことへの思いを語りました。(和田肇)

 陶芸の稽古は4月の撮影開始の約3カ月前から始めました。土をこねて粘土状にしますが、女性が陶芸に挑む壁の高さを感じたといいます。「女性陶芸家が少ないと聞いて、なんでだろうと疑問に思っていたんですけど。本当に力仕事でした。(陶芸の)先生の土の硬さだと力が足りなくて練りきれないんです。そのとき、男の世界といわれる理由がよくわかりました。甘くない。喜美子が陶芸家としてやっていこうと決めた勇気、決断力に驚きました」
 役づくりは体型にも及びます。週2回ジムに通って体力づくり。15歳から演じるので、体に丸みがほしいとお米を1食1合半食べました。女性陶芸家としての撮影を始めるころには、炭水化物よりたんぱく質を増やして筋肉質な体型にしたいと考えています。

作品の完成は指の力一つで

 陶芸の稽古を重ねる中で「その時の手、指の力の入れ方一つで(作品の出来上がりの)表情が変わる。体調や感情でも変わってきます。釉薬も配分の仕方で全く色が変わる。奥が深すぎて、趣味で始めたらやめられないだろうな」。
 喜美子の魅力は「疑問を感じたときに、自分の答えが出るまで徹底的に見つけだす、絶対に妥協しない懸命な姿」だといいます。好きなせりふは「女にも、意地と誇りはあるんじゃあ!」。戦後間もない時代です。「まだ女性がものを言いにくかった時代に、その言葉を屈託なく9歳の喜美子が出せる。そんな強さ、無敵さに魅力を感じて。いくつになっても、その心は忘れずにずっと持っていようと思っています」

11カ月間演じ、どう変わるか

 今回、ヒロインを引き受けた理由は「女優としてのキャリアがどうなるのか知りたくて。約11カ月間、同じ女性を演じて、自分がどう変化するのか」。民放ドラマの撮影は約3カ月、映画だと1~2カ月弱。何倍もの撮影期間はスタッフと濃厚な関係をつくり、多くの共演者から刺激をもらえます。「どれだけ自分の視野、世界が広がるんだろう。底の見えない、壁の見えない広い精神を持てる人間になれていたらいいな」
 前作「なつぞら」同様、社会に出て働く女性が描かれます。「当時、女性が前に立って物を作るということ自体が難しかった。でも女性もこれからは働く時代なんだなと。あの時代に生きた女性たちがいるからこそ、いま私たちが働いていけるんだと実感します。その時代の女性たちに敬意を伝えながら、胸を張ってやりたい」

 とだ・えりか 1988年兵庫県出身。主な出演作に「コード・ブルー」シリーズ(フジ系)、「SPEC」シリーズ(TBS系)、映画「あの日のオルガン」(2019年)など。

ヒロインの成長見て
内田ゆきチーフ・プロデューサーの話 朝ドラ101作目。どういうものが望まれているんだろう、私は何をやりたいんだろうと考えたときに、原点にかえって、ヒロインが成長していくこと、明るく楽しい話を毎朝届けられること―をやりたいなと。女性が成長して、自分の力で何かをやっていくところが、「(女性の)社会進出」そのものだったと思います。
(9月30日付)


◎「〝ドラマ×マンガ〟戦争めし」映画化/無関心が戦争へ/子どもに伝える

 〝全ての武器を置いておはしを持とう〟―食べ物の逸話を通して戦争中の人々を描き、NHKBSプレで昨年8月に放送された「〝ドラマ×マンガ〟戦争めし」が映画化されました。このほど、東京都内で上映会が開かれました。上映後、主演の駿河太郎さん、漫画家の魚乃目三太さん(原案・漫画提供)、演出を担当した平体(ひらたい)雄二さんの3人が作品を語り合いました。(小川浩)

 魚乃目さんが漫画「戦争めし」を書くきっかけは、1944年、日本軍がビルマ(現ミャンマー)からインドのインパールをめざし、3万人の「戦死者」を出した「インパール作戦」を経験した高齢者が描いた絵です。約10年前にテレビで見ました。

なぜ飯ごうを

 魚乃目さんは、「上半身、裸で逃げる手に飯ごうを一つ持って、ジャングルをさまよう絵を見ました。武器を持たずに、なぜか飯ごうを持っていました。その中に仲間の遺骨なのか、ご飯を作るためか、何が入っているか放送されなかったんです。もやもやした気持ちができて、戦争とごはんというものを調べるようになりました」と話しました。
 「戦争めし」は、2015年から漫画雑誌に掲載され、第3巻「ちば少年の引き揚げめし」には漫画家の先輩・ちばてつやさんが登場。ちばさんは、旧満州(現・中国東北部)からの引き揚げ者です。
 ある時、ちばさんに尋ねました。「なぜ飯ごうを持っているんでしょうか?」。「食べるためだよ」とちばさんは答えたといいます。
 魚乃目さんは「飯ごうを持っていることは、生きるためだとわかり、すごい絵だなと思います」としみじみ振り返りました。
 「漫画といっしょにドラマをやるのはおもしろい試みだと思って主演を引き受けました」と話したのは、駿河さん。「この作品の意味は、僕らの世代が、ぎりぎり(戦争を経験した人から話を聞き)子どもたちに伝えていけるんです。たくさんの人に伝わってほしい」

はしを持とう

 司会者の「平和への思いは、みんないっしょですね?」という問いに「それはそうですよ」と力を込めて応じていました。
 「〝武器を置いておはしを持とう〟というテーマで、戦争めしを作った」という平体さん。「戦争を知らない世代の制作者として、みんなと力を合わせて、難しくない番組・映画で伝えていく。戦争があったことを絶対に忘れないように毎年、作品をつくります」
 平体さんは、あふれる思いを語りました。
 「無関心になることが戦争につながるんじゃないか。選挙にも行って、無関心にならないことが戦争をなくす一つなんじゃないか。そう思っています」

今後、上映予定

 物語は漫画家・山田翔平(駿河太郎)が、「すし一貫の大きさは、戦争中の食糧難が影響していた」と小料理屋の女将(おかみ=草笛光子)から教わり、食の視点から戦争を描くことを決意。編集者の井澤奈緒(壇蜜)のもとで連載するまでになるものの、取材した戦争体験者の吉井(田中泯)から予想外の批判を受けます。主人公のモデルとなった魚乃目三太さんの作品を織り交ぜたオリジナルドラマ。
作品は、「こどもえいがかん」と題して今後、不定期に上映される予定です。
(9月4日付)


◎伊藤熹朔賞/本賞は「まんぷく」/朝ドラにふさわしい明るさと温かさ見事

 歌番組で映し出される豪華な装飾や、テレビドラマで再現されるリアルな昔のお茶の間などを制作する「美術」スタッフの人たちに贈られる「伊藤熹朔(きさく)賞」(テレビ日本美術家協会主催)。このほど、第46回の授賞式が東京都内で開かれました。

 本賞はNHK連続テレビ小説「まんぷく」の大阪拠点放送局スタッフ4人。「昭和初期の元気な大阪の発展経過を、朝ドラにふさわしい明るさと温かさで見事に盛り上げ」た、と評価されました。
 「朝ドラの撮影期間は長いんです。その間の苦労話を考えたんですが、たくさんあり過ぎて、相殺されて忘れてしまいました」と振り返ったのは、「まんぷく」を担当した一人、近藤智(さとし)さん。「(この4人は)ゆかいな仲間たちです」と話し、「食と家族を生み出した人たちの物語で、食卓をデザインするということは、家族をデザインすること。それはドラマの基本だと思います。美術を通して携われたのはすばらしいことでした」。
 「親せきのような気持ちで、お祝いしたいと思って来ちゃいました」と登壇した主演の安藤サクラさん。「すごくうれしいです」と自分のことのように喜びを表しました。
 協会賞は、「第60回輝く!日本レコード大賞」(TBS系)を担当した中村嘉邦(よしくに)さんが受賞しました。新国立劇場での「大せり」と「ダイナミックな階段による空間構成」で、「伝統的で格式ある演出に大きく貢献」したと称賛されました。
 新人賞は、TBSテレビ・デザイン部の木村真梨子さんが受賞。ニュース番組、歌番組などの装飾を手がけています。「幅広いデザインの対応力」「完成度の高い優れた造形力」に対して「将来も若手の手本として期待できる存在」として表彰されました。
 「体が宙に浮きそうなくらい緊張しています」と登壇した新人賞の木村さんは「仕事を始めて10年。これまでを振り返りたいという気持ちがあって数年ぶりに応募させていただきました」と言います。
 「コツコツやってきたことをほめていただいてホッとしています。楽しいこと、うれしいこともありましたが、うまくいかなくて悔しい思いもしました。締め切りに間に合わないことがありました。支えてくださるみなさんがいたからここまでやってこられました。ここまでくるのに10年かかりましたが、私らしくマイペースでやりたい」と話しました。
 「日本レコード大賞が60回を迎えて、(受賞して)花を添えることができました」と笑顔で語る中村さん。
 「非常にうれしい。関係者全員でいただいた賞だと思っています。60回に何か残したいと思って立案・デザインしました。実際は、新しいことをすると今まで味わったことがない大きな責任や苦労がありました。葛藤に苦悩しました」と話し、「でも、それが新しい発想を提案するデザイナーとして必要なものではないか。この挑戦が次のステップのために糧になるのではないか、と思っています」
(9月14日付)

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