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2019年10月12日(土)

きょうの潮流

 中島敦といえば「山月記」。下級官吏の地位に満足せず、歴史に残る詩人になろうとして夢破れ、失意の底で虎に化す男の悲劇は、高校の国語の教科書で読んだという人が多いのではないでしょうか▼横浜市の県立神奈川近代文学館では、生誕110年を記念して「中島敦展」が開催されています。少年の頃から文学を志し、持病のぜんそくに苦しみながら妻子を養い、創作を続け、ついに文壇デビューするも10カ月後、33歳で早世。残した二十数編の多くは死後に読まれました▼物語の舞台は古代中国のみならずアッシリア、エジプト、ミクロネシアと世界規模で展開され、自我と生きる意味の模索、幸せとは何かという問いが通底し、人間の数々の善きものを追究する筆致は香気を放ちます▼「巡査の居る風景」には、日本の植民地支配下の朝鮮・京城の陰惨な日常風景が描かれています。教員の父の転勤に伴って11歳から中学卒業までかの地で暮らした少年の目に、民族差別と虐げられた人々の姿は悲しく理不尽なものに映っていました▼32歳で南洋庁国語編集書記としてパラオに赴任した際は、島民の幸福を顧みない日本の施政への不信感を妻への手紙に記しています。そして言論弾圧が進む1942年、絶筆となった随筆「章魚木(たこのき)の下で」で、文学を戦意高揚の道具にすることを批判しました▼教科書に載っていた、たった一つの作品がきっかけで出会った作家の、なんと豊かな思想と人生であることか。国語という教科の大切さを思います。


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