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2016年3月3日(木)

2016 焦点・論点

「緊急事態条項」は劇薬

早稲田大学教授(憲法学) 水島 朝穂 さん

各国の失敗、戦前の歴史への無理解 安保法に続く立憲主義破壊

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 安倍晋三首相が憲法改定のテーマにあげるのが、「緊急事態条項」の新設です。総理大臣が「緊急事態」を宣言すると総理大臣に権力を集中し、法律と同等の政令を出し、国民の基本的人権を制約できます。安倍政権の改憲の狙い、他国での緊急事態条項の扱いについて、水島朝穂早稲田大学教授(憲法学)に聞きました。 (若林明)


 ――改憲に積極的な安倍政権の姿勢をどう思いますか。

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(写真)みずしま・あさほ 1953年生まれ。早稲田大学法学部教授。著書に『現代軍事法制の研究』『ライブ講義徹底分析!集団的自衛権』『世界の「有事法制」を診る』など多数。

 安倍政権がすすめる改憲には、3重の意味で問題があります。

 まず安倍政権は集団的自衛権行使容認の閣議決定(2014年7月)を行い、圧倒的多数の憲法学者や法制局長官経験者などが「違憲」として反対した安全保障関連法制を強行しました。これは憲法で権力者をしばる立憲主義の破壊です。そんな政権に憲法改定を行う資格はありません。

 憲法改定は、法律で十分対応できない、憲法を変えないと解決できない事情があることを証明して初めて議論になります。自民党は、他国が改憲をしているとか、アメリカから押し付けられた憲法だからという情緒的改憲論しか打ち出せず、改憲のまともな必要性は証明されていません。

 さらに、緊急事態条項は、権力の「集中」、手続きの「省略」、諸権利の「制限」の3点セットで、立憲主義の「存立危機事態」を生み出しかねない劇薬です。執行権力に権限を集中し、国民の権利を包括的に制限するもので、常に濫用(らんよう)の危険を伴います。安倍首相の周辺がいう「お試し改憲」など言語道断です。

他国との違い

 ―自民党などは、「多くの国は緊急事態条項を持っている。日本国憲法にないのは欠陥だ」といいますが。

 アメリカは憲法に緊急事態条項はありません。個別の法律で戦争権限法はありますが、議会や裁判所の権限を強くしています。フランス憲法は大統領の非常措置権を定めていますが、あまりにも危険で、実際に使われたのは戦後一度だけです。

 ドイツ基本法の緊急事態条項は、あるドイツの憲法学者が「本来意図したことの95%は実現しなかった」と言うほど濫用を防ぐ仕組みをつくっています。

 一番大きいのは、緊急事態であるかどうかを判断するものと、判断したあとに緊急事態の権力を行使する、例えば、警察や軍隊を使って例外的な権限を行使するものを分けていることです。具体的には、議会が緊急事態の判断をします。

 自民党の改憲草案は、緊急事態宣言を行う要件を「閣議にかけて」となっています。これでは内閣総理大臣の判断だけで宣言をみとめる専断的な認定になってしまいます。

 ドイツ基本法115g条には、緊急事態になっても憲法裁判所の権限は侵されないと書いてあります。憲法裁判所に違憲訴訟を起こせるということです。自民党案には司法権のあり方について全く言及がありません。

 さらにドイツ基本法では、市民や労働組合などを弾圧する口実となる「対内的緊急事態」というあいまいな概念も排除されました。立憲民主主義の国家は国民の多様な意見、政府と違う反対派の権利を認めてこそ、存立できるという考え方を非常事態においても貫いたのです。自民案は「外部からの武力攻撃」「大規模な自然災害」とならんで「内乱等による社会秩序の混乱」を緊急事態としてあげています。

ドイツの事情

 ――ドイツの緊急事態条項についての歴史は。

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(写真)野党共闘で戦争法廃止へ!市民集会で講演する水島氏=2月26日、東京都中野区

 戦前のドイツのワイマール憲法は、人身の自由、言論の自由、集会の自由などの基本権を停止できる強い非常事態権限を大統領に与えていました。

 ヒトラーの独裁を許した全権委任法の成立は、大統領令でドイツ共産党議員を逮捕し総議員を減らし、さらにその他の政党への脅迫と懐柔で行われました。緊急事態条項の悪用・濫用によって全権委任法は成立したのです。

 戦後ドイツ基本法に緊急事態条項を入れるのは1968年です。苦い歴史的な経験を持つドイツで、緊急事態条項をいれた理由の一つは、旧西ドイツ(当時)が、政府成立後(49年〜)も駐留した3カ国(米・英・仏)から完全に独立するためでした。駐留軍は盗聴や信書の開封などを可能とする留保権を持っていました。あきらかに主権の侵害です。留保権を解消するためには、西ドイツが自前で緊急事態条項を持つことが条件でした。

 ドイツを含め各国の緊急事態条項の背後には、失敗と後悔、悩みぬいた経験があります。

積極的「不在」

 ――日本国憲法に緊急事態条項がないことには日本の経験があるのですね。

 緊急事態条項がないことを“欠陥”だという人たちは、戦前の大日本帝国憲法の歴史を理解していません。

 帝国憲法は、緊急勅令(8条)、戒厳宣告(14条)、天皇非常大権(31条)など多くの非常事態条項がありました。緊急勅令で治安維持法に死刑を導入しました。戒厳令下の関東大震災で朝鮮人や無政府主義者などが虐殺されました。

 日本国憲法は、対外的には侵略戦争への反省から9条を持っています。国内的には、第3章「国民の権利と義務」の、10条から40条までが人権に関する条項ですが、その3分の1の10カ条が、逮捕に対する保障(33条)、拷問の禁止(36条)など、刑事手続きに関する条項です。戦前作家の小林多喜二は令状なしで逮捕され、拷問で殺されましたが、これらの条項には、戦前の権力の横暴に対する反省が投影しています。

 国民の権利を徹底して制限する緊急事態条項がないことこそ、戦前の人権軽視の歴史への反省です。日本国憲法の緊急事態条項の不在は、帝国憲法にあった緊急事態条項の積極的な否定を意味する「不在」なのです。

 安倍政権が強行した安保法制は、海外での武力行使を可能にしました。しかし、安保法制には、国内における市民の権利や自治体の権限の制限を十分にいれることができませんでした。政府は、反対がさらに強くなってしまうことをおそれたからでしょう。

 安倍政権は、安保法制で実現できなかった市民に対する権利制限や自治体の統制を、緊急事態条項の新設ですすめようとしているのです。緊急事態条項の問題は、実質的に、安保法制の第2波ともいえる攻勢なのです。


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