現場Note

学術会議問題を追って──忖度なくスクープ、改革の努力、動きを報じ続け

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田中佐知子(学術・文化部記者)

 「赤旗」が2020年10月1日付で、菅義偉首相(当時)による日本学術会議会員候補の任命拒否をスクープしてから3年がたちました。このスクープの端緒は、拒否された当事者である松宮孝明・立命館大学教授のSNSでの発信を、日本共産党の井上哲士参院議員がキャッチしたことです。学術・文化部と社会部の記者がそれぞれ関係者に取材して、任命拒否された人が複数いることをつかみ、編集局として「これは首相による『学問の自由』への重大な介入だ。1面トップでやろう」と判断。大きく報じました。

 このスクープには、「赤旗」という媒体の強みが生きています。さまざまな情報やつながりを持つ国会議員と密に連携が取れること。政権に忖度せず、何よりも国民の立場に立って、その事柄の何が問題なのか、どれほど重大なのかを判断する視点を持っていること。こうした強みがあるからこそ、菅首相の任命拒否は、スクープとして成立しました。

違法な状態をつづける政府

 これ以降、「赤旗」は政府による学術会議への介入を重視して、節目節目で大きく報じ続けてきました。多くの学会・学術団体に広がった抗議声明も丁寧にフォローし、批判の広がりを伝えました。

 菅氏から問題を引き継いだ岸田文雄首相も、〝任命手続きは終了している〟の一点張りで、学術会議はもちろん、多くの研究者や市民が求めている任命拒否の撤回を拒み続けています。

 日本学術会議法は、学術会議の推薦に基づいて首相が会員を任命すること、会員の定数は210人とすることを定めています。いまだに、首相が理由なく任命を拒否し、6人が欠員しているという違法状態が放置され続けています。

 政府は解決を図るどころか、任命問題の発覚後、早々に論点を学術会議自体の組織の問題にすりかえ、組織改変によって学問への介入を強めようと執拗に試み続けてきました。これは本来あり得ないやり方です。政府は、自らの任命拒否については、その理由すら明かさない一方、学術会議には会員選考過程の透明性を高めるよう要求し、学術会議自身が進めている改革を無視して、政府にとって都合のよい組織への改変を狙っているのです。

学問的な議論、自己改革の努力

 「法治主義」に反することにためらいのない政府に対し、学術会議は、常に学問的見地から厳格に議論し活動しています。首相に対して、拒否した理由の説明と、速やかな6人の任命を一貫して要求。組織のあり方をめぐっては、国内外の意見も聞いて検討し、自主的な改革を進めています。

 21年4月には、より良い役割を発揮するための改革方針をまとめ、公表しました。この文書では、国を代表するナショナル・アカデミーとしての本質的な5要件(①学術的に国を代表する機関としての地位②そのための公的資格の付与③国家財政支出による安定した財政基盤④活動面での政府からの独立⑤会員選考における自主性・独立性)を挙げ、役割を発揮するためには、これらを全て満たすことが大前提だと強調。現在の国の機関としての形態は「役割を果たすのにふさわしい」と述べています。会員選考では、その過程を随時可能な範囲で公表し、会員の決定後は各会員の選考理由・業績・抱負を公表することも決めるなど、具体的な取り組みが進行中です。

 取材をしていると、学術会議がさまざまな社会問題に助言をし、自己改革に努めていることが分かります。学術会議のホームページでは、公表された「提言」や「報告」など全ての文書が読めます。国民により分かりやすく伝わるよう、動画によるメッセージも公開するようになりました。市民が聴講できるさまざまなシンポジウムも毎月のように開かれています。「赤旗」は、こうした学術会議の改革や活動を紹介することも重視しています。

外部からの人事への介入ねらう

 任命問題を棚上げしながら、学術会議の組織改変を検討してきた政府・自民党ですが、22年12月に、当事者である学術会議との事前の話し合いもなく、いきなり日本学術会議法の改悪方針を示し、翌月から始まる通常国会に提出すると言いだしました。

 政府方針は、学術会議が自律的に決定していた人事に外部から介入する仕組みを導入するものです。学術会議の会員ではないメンバーで構成される「選考諮問委員会」を新設し、学術会議は会員選考にあたって、この委員会の意見を「尊重しなければならない」とされました。

 現行の会員選考は、現会員が次期会員を選ぶ「コ・オプテーション方式」と呼ばれるもので、世界各国のナショナル・アカデミーで採用されている標準的な方式です。研究者の業績の評価は、その研究分野を専門とする研究者でなければできないからです。これは学術会議が繰り返し説明してきましたし、研究者たちは、学問の世界では当然のルールであることを再三指摘しています。

 しかし政府は、その選考過程を意図的に〝不透明〟であるかのように印象付け、外部からの介入に正当性があるかのように主張しました。

内外に広がる画期的な動き

 これが国会に提出され、与党の数の力で成立してしまえば、学問のあり方を根本から揺るがす大問題です。学術会議はもちろん、多くの研究者が危機感を募らせ、連帯して反対の声を挙げました。23年2月に入ると、歴代の学術会議の元会長5氏全員が連名で、首相に方針を再考するよう求める声明を会見で発表し、日本のノーベル賞受賞者ら8氏も、同様の声明を出しました。

 これは、会員任命拒否の時にもなかった画期的な動きで、「赤旗」では二つの声明とも、1面トップで大きく取り上げました。しかし、大手メディアの扱いは小さく、テレビもほとんど報じませんでした。日本人がノーベル賞を受賞すれば、大手メディアは、その業績と人物の詳細を大きく報じます。その彼らが名前を連ね、政府方針の危険性を社会に向けて警告しているのに軽視しているのです。

 政府方針についての大手メディアの扱いは低調で、学術会議のあり方は不透明だという政府・自民党の言い分をそのまま垂れ流すような記事も見受けられました。その中で、「赤旗」は国内外の科学者の懸念の広がりを報じ続けました。

 研究者の声の高まりの中で学術会議は4月、政府に対し、今国会への法案提出は断念し、日本の学術体制全般を包括的に見直すための開かれた協議の場を設置するよう「勧告」しました。「勧告」は、学術会議が出す「声明」や「提言」などの文書の中でも最も強いもので、総会で決議して勧告を出すのは18年ぶりでした。

 こうした動きにおされ、政府は4月、先の通常国会への法案提出の見送りを決めました。しかし早々に、学術会議を国の機関から切り離し独立法人化する案なども議論する「有識者懇談会」を設置する方針を明らかにし、8月末からこの懇談会がスタートしています。学術会議が求めていた「開かれた協議の場」とは異なり、審議は非公開で、主な論点は学術会議の組織のあり方に絞られています。

 学術会議をめぐる問題は予断を許しません。この動きをこれからも丁寧に読者に届けたいと考えています。

 この3年の「赤旗」の報道を振り返ると、戦前から、天皇絶対の専制政治に抗して残虐な権力からの弾圧に屈せず、侵略戦争反対、国民主権の旗を掲げ続けた日本共産党の機関紙だからこそ、「学問の自由」を脅かそうとする権力の動きを敏感に察知し、政府に忖度せず、遺憾なく紙面で社会に訴えることができるのだと感じます。戦前からの不屈の歴史を受け継ぎながら記事を書けるということは、赤旗記者の大きな強みであり、魅力だと思います。

(たなか・さちこ)

『前衛』2023年11月号から