連載インタビュー企画 あなたの想いをカクサ〜ン! vol.9 原発問題
オテントSUN

アロハー! 自然大好きオテントSUNで~す。今日は、福島に飛んできちゃいました! というのも、毎週金曜日に再稼働反対を訴えている「ふくしまSMILeプロジェクト」のスタッフ、熊谷智さんに原発問題についてインタビューするからさ! 今回は、原発への怒りで取り乱さないように、ちゃんとインタビューするYO! 熊谷さん、こんにちWAO!

熊谷

こんにちは(笑)

オテントSUN

熊谷さんは毎週金曜日に原発への抗議行動をしてるんですよね。どんな思いで取り組んでるんですか。

熊谷

やっぱり福島に住んでいる者として、声をあげないまま再稼働を許していいのかという思いですね。

オテントSUN

いまも収束しない原発事故に不安を覚える毎日だと思いますが、事故当時の様子をお話しいただけますか?

熊谷

私は事故当時、ちょうど広島に出張していたんですが、福島に戻って以降の非常な恐怖感は忘れられません。事故直後、半月ほどは、毎朝テレビをつける瞬間がとくに怖かったです。「寝ている間に原発で何か重大な事態が起きているかもしれない」と。大きく息を吸ってから、テレビをつけてました。

オテントSUN

熊谷さんは小さいお子さんがいらっしゃるんですよね。

熊谷

娘は当時1歳半でした。妻と子どもはとりあえず会津に避難したんです。できるだけ遠くにと思ったけれど、日本海まで行っても180キロしか離れていない。それに、そもそも震災後でガソリンが手に入らなかったんです。逃げようと思ったって逃げられない状況に福島県民は放置されたというのが実感です。

オテントSUN

熊谷さんはお仕事の関係でとどまったんですね。

熊谷

はい。自分の避難は考えませんでした。妻も仕事を持っていますが、私が一緒でなかったこともあり、避難しました。当時は、もし妻と子どもがこのまま戻ってこなかったら、結婚生活を維持できるのかということまで考えましたね。気持ちがすりつぶされる日々でした。いまもそれは形を変えながら続いているように思います。

オテントSUN

いまはご家族で暮らしているのですね。

熊谷

はい。でも、うちもそうですが、県内に残った人も、避難した人も、それぞれがさまざまなストレスにさらされています。自分自身が揺れ動きながら選択しているので、別の選択をした人と素直に語り合えないつらさも続いています。福島では徐々に「避難した人、そうでない人、それぞれに大変な目にあった」という気分が広がりつつあるように思います。いつか、本当に悪いのは原発事故だよねと言い合えるようになりたいと思います。

オテントSUN

当たり前の家族の生活も、住民どうしの関係も、こわしてしまうのが原発事故なんですね。ところで、安倍政権は再稼働の新基準をつくり、基準を満たした原発は再稼働させると言っていますが。

熊谷

とんでもない話です。ネズミが原因で、福島原発が停電を起こしたことがあったじゃないですか。あのときは、友人から「今すぐ避難した方がいいのか」と私にも問い合わせがきました。「また爆発を起こすのでは」と思った人たちが、ガソリンスタンドに列をつくったとも聞きます。

オテントSUN

そんな思いまでさせてるなんて…

熊谷

新基準は、避難計画がなくても再稼働できるとなっていますよね。人命軽視ですよ。ぼくらがあのとき味わった不安を、何もわかっていなんじゃないか?やっぱり政治を変えないと、再稼働を阻止できないと痛感しています!

オテントSUN

そうやっ! その通りやぁっ!政治を変えて再稼働を阻止やぁぁぁぁっ!
・・・はっ、しまった!・・・こ、今度の選挙に、どんな願いをたくしたいですか?

熊谷

3歳になったうちの娘は、いまも一人でブランコをこぐことができません。外遊びを十分経験させてやれないことが、現時点ではそういうかたちであらわれています。こうしたことも含め、どれほどの被害を原発がもたらしたのかを推進派はわからない。理解しようとしないんです。福島の現実をみれば再稼働はあり得ません。日本共産党が言っている、「ただちに原発ゼロ」こそもっとも現実的だということが、はっきりする選挙戦になることを望んでいます。

オテントSUN

むう~、やっぱり福島の苦しみはまだまだ終わってないんだ! 熊谷さんのお話を聞いたらますます燃えてきた!ボクも先頭に立ってがんばるYO!
福島のみんなの想いを、カクサーン!

原発の再稼働反対を訴える熊谷さん(ふくしまSMILeプロジェクト)