私の「WithYou」 市民編 がまんするの、やめよう。 大澤里美さん

インタビュー「私のWithYou」。今回は、日本共産党のジェンダー平等リーフ「For Gender Equality, Now!」に登場してくれた大澤里美さんのお話です。

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(写真)大澤里美さん(30歳 団体職員)

「これっておかしい」

――JCPWithYouの取り組みに積極的に参加してくださって、本当にありがとうございます。大澤さんは、ジェンダーの問題にもともと関心があったんですか?

はい。同世代の友達と比べても、関心がある方だと思います。

一番最初に「おかしい!」って思ったのは、5歳ごろ、幼稚園の年長くらいのときでした。私は戦隊モノのヒーローが大好きだったんですが、主人公は自分のことを「オレ」って言うじゃないですか。幼稚園でも、男の子が「オレはさー」とか言っているのがうらやましくて、私も「オレ」って言ってみたんです。そしたら母にすっごく怒られて。

「なんでダメなの?」ってきいたら、母が「女の子なんだから『わたし』って言いなさい」。いくら「なんで?」ときいても「女の子だから」としか言われない。それが子ども心にも腑に落ちなくて。今でも根に持ってます(笑)

――あはは。そんなに激しく怒られたんですか?

ええ、もうビシッと(笑)。私はあきらめが悪いので、その後も何度も「オレ」って言ったんですけど、母も母で「ジェンダー」をあきらめなくて。

あと、電車の中や、写真を撮るときなどに、「女子は足を閉じて」って言われるのも、すごく頭にきて。「なんで男の子みたいに座っちゃいけないの? 男の子だって足を閉じたっていいでしょ?」って。スカートじゃなくズボンをはいている時も「閉じなさい」って言われるので、変だなあと。持ちものが「男子は青、女子は赤」とか、「女の子はうさちゃん、男の子はクマくん」とか勝手に分けられているのも納得できなかった。そういう子どもだったんです。

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子ども時代の強烈な思い出は「通帳事件」です。

私には弟がいるんですが、彼の方が私よりも親族からちやほやされているように感じてきました。女の子が多い親族のなか、「貴重な男子」ということで、祖父母にしてみたら思い入れがあったのかもしれません。

私が9歳になったときに、親が、私たち子どもの名義でそれぞれつくってくれた銀行口座の通帳を見せてくれました。そこには、親族からの出産祝い金などが入っていたんですが、弟と私とで、金額が全然違っていてびっくりして。弟の方がずっと多かったんです。「なんでこんなに金額が違うの!?」ってきいたら、母がサラリと「女の子はお嫁に行くから少ないのよ」って。

でも、私は「お嫁に行かない」かもしれない。弟だって、結婚したら家を出るかもしれない。それなのに、生まれたときから、そういう差をつけられていたってことが、すごくショックでした。

――小説『82年生まれ、キム・ジヨン』に出てくるエピソードそっくりですね。

私もあの小説読みました! 家の手伝いも、弟は免除されて、私は女の子だからやらされるとか、本当にそっくりです。

学校でも、「出席番号で男子が前なのはおかしいな」など、いろいろ感じることがありましたが、特に抵抗を感じたのは中学校の制服でした。スカートを強制されるのが気持ち悪かったんです。

――「気持ち悪い」と感じたんですね。

押し付けられることが気持ち悪かったんだと思います。『キム・ジヨン』にも書かれていたけれど、スカートって、そもそもすごく動きづらいし、性的欲望の対象として見られがちなアイテムじゃないですか。それをなんで学校で強制するのかって、頭に来ました。それもあって、高校はズボンで通しました。高校も制服だったけど、スカートの下にズボンをはいちゃって、何も言われなかったらスカートはとっちゃう、みたいな。

――周囲の反応はどうでしたか?

同級生からは変わった子だと見られていました。担任が寛容で、「いろんな子がいていいんだよ」って思ってくれている女性の先生でした。職員室で男性の先生が「ちゃんと制服着ろよ」って私に言ってきても、「いやいやユニセックスなんですよ」って助けに入ってくれる素敵な先生で。どうしてズボンをはいているのか、私は理由を言わなかったんですが、「何か思うところがあるんだな」って感じてくれていたんでしょうね。

――学校にそういう理解者がいるのは、ありがたいことですよね。

本当にそうですね。

「男女差別」「ジェンダー」を学んだことで

その後、私は大学に行き、フランス文学を学びました。私の母は、「女だから」ということで大学進学をあきらめさせられた人でしたから、私には「絶対に大学に行ってほしい」ってよく言っていました。もともと勉強が好きな人だし、いろんな夢があったんだろうなって思います。

――「女だから大学に行けなかった」というエピソードは、私たちの母世代には本当にたくさんありますね。でも、そういうお母さんでも、娘が「女の子らしく」しないことは許せなかったんですね。

それはそれ、これはこれ、というか。母自身、生きてくる中で、「女は女らしくした方が得」と思ったんじゃないかと思います。母としては、私も弟も、自由にのびのびと育てたと思っていると思いますし、実際、そうだったとも思います。私はどんなに言ってきかせても「女の子らしく」できなかったし、「女らしく」「男らしく」なんて押し付けるのは無理だなって、思っていた節はあります。でも、やっぱり刷り込まれたジェンダー意識があるんですよね。

5歳のときから、「おかしい」「納得できない」ってたくさん反発してきたけれど、自分が「これは男女差別だ」とはっきり認識したのは中学生のころだったと思います。

制服や、男女別々の保健体育(性教育)の授業への違和感もあって、「明確に男女で差がつけられている」と思うようになり、図書館に行って、いろんな本を読み勉強しました。その中で、「あ、これはジェンダー(社会的・文化的につくられた性差)ってことなんだ」と学びましたし、性的少数者と呼ばれている人たちの権利の問題も知りました。そもそもひとは「男女」で生まれてこないこと、生まれたときの性分化が典型的な『男』『女』でない お子さんのことも知り、「世間で言われているような、『男』『女』の二つに分けられる問題じゃないんだ」って、そのとき思った記憶があります。

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――働くようになってからは、どうでしたか?

大学卒業後、正規の仕事に就けなくて、最初はアルバイトでした。バイト先が男性が多い職場だったときは、休み時間にも女性蔑視的な話題や性的なゴシップニュースなどを嬉しそうに話す男性がいて嫌でしたね。あと、「女性ならではの気遣い」を要求される場面が結構あると気づきました。「退職・異動する人にお花を渡すのは女性」、「司会は女性」…。性別で役割を押し付けるおかしさ。枚挙にいとまがないですね。

自分にとって大問題のひとつは、結婚による改姓でした。選択的夫婦別姓が認められていないことの問題点は社会問題としては知っていましたが、いざ自分の身にふりかかってくると、名前を変えることがこんなにショックなことだったんだ、と思い知りました。

私はもとの名字に愛着があったんです。友達からも「呼びやすくていい名字だね」「下の名前より名字の方がしっくりくるね」と言われていて。それを手放さないといけないのが残念だったし、祖父母が「名前を継いでくれるから」と弟を特別扱いしていたことに腹を立てていたのに、結局自分は名前を変えてしまい、同じように扱われない理由を「正当化」する形になってしまったのが悔しかった。本当は、男女で扱いを分けているのが変なんですが、不公正を認めてしまった気がしましたね。

――「下の名前より名字の方がしっくりくる」という友達の評価、面白いですね。

友達は、「里美」は私にはちょっとイメージが合わないって思ってたみたいで。名字呼び捨てで、あっさりさっぱりと呼ばれていました。私もそれが好きだったし、今も下の名前よりももとの名字の方が好きです。できることなら夫婦別姓にして、自分が20数年間、一緒に過ごしてきた名前を取り戻したい。私のもとの名字は、それを呼んでくれた人たち――友達や先生や――の歴史でもあるんです。それを手放すのが、本当に悔しかった。

――本当にそうですね。変えたいですね!

はい。他にも変えたいことがたくさんあって。婚姻が異性間に限定されていることは大問題だと思っています。あと、性教育が政治的な圧力にさらされている現状も変えたい。教育現場で刷り込まれたジェンダー意識が、成人になってからの偏見のもとになっているなと思うので。

国家が、人間の権利を、認められる人と認められない人とに分けているのはおかしいです。財産の権利、一緒に暮らす権利、子どもを持つ権利、税の優遇…。全部、人生の基盤に関わることです。「性的マイノリティ」とよく言われますが、「少数」ではないし、無視する理由にならない。その人たちの人生の基盤を、権力者が認めないというのは大問題です。この分野での取り組みが、世界でもとくに遅れているのが日本ですよね。

――夫さんとは、どんな会話をしていますか?

夫は、ジェンダーについて何の葛藤も感じないまま大人になった人です。女の人が、道を歩いているだけで侮蔑的な言葉を投げかけられたり、見た目を採点されたりする、ストリートハラスメントってありますよね。結構多くの人が経験していると思うけど、夫は「そんなことする人いるー?」って、まったく別世界のことという感じなんです。

「夫婦間ジェンダー講座」が、自分の中でいま楽しいことです。いつも突然始めます。「知ってるかい?こんなことがあるんだよ」(笑)。するとちゃんと聞いてくれる。「ほんとかな?」って調べて、「ほんとだった!」とびっくりしていたりする。夫にしてみたら、にわかに信じがたいことが、たくさんあるみたいです。

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少数派の問題ではない。人権の問題でしかない。

――話が尽きないですが、そろそろまとめです。政治に対して、何を望みますか?

政治家全員の意識が変わらないといけないと思います。多数派vs少数派の問題としてとらえている間違った人たちがいますが、そうじゃない。人権の問題でしかないんです。全政治家が勉強しないと解決しないと思います。当事者の話を直接聞いてほしい。

国会に多様な人がいる状態をつくることも、ものすごく重要だと思います。男女の議員を同数にするパリテも大事ですし、介護や子育てをしている人、障害を持つ人など、あらゆる人がいる国会を実現しないといけない。そのためには、そういう人をたくさん候補者として立てないといけないし、その人たちが活躍できる国会にするためのルールが必要で、そこには当事者の声が入っていないといけなくて…。結局、「今いる政治家は、当事者の声をちゃんと聞いてください」というところに戻りますね。

7月の参議院議員選挙では、「ジェンダーや女性らへの差別をめぐる日本の状況を変えたいと思って投票する候補者を決めた」という友人が、以前より増えていました。政治が変わらない原因のひとつに「差別」があると、多くの人たちが気づいてきています。女性議員の比率などは若干上昇しましたが、まだまだ完全に立ち遅れている。「ジェンダー平等」を掲げた共産党には、さらに歩みを進めてほしいですね!

――ありがとうございます。私たち一人ひとりができることは、何でしょうか?

私たち一人ひとりも、ジェンダー問題にしても、社会のすべての問題にしても、関心を持って生活しないといけないと思います。自分も当事者だし、周囲の人たち、電車で隣の席に座っている人でも誰でもいいけれど、すべての人が当事者だということに気づくことが必要だと思います。

自分たちを苦しめている根っこには、押し付けられた偏見、ジェンダー、思い込みがあることに、もっとたくさんの人が気づいてほしい。「おかしいな」と思っても、こんなもんかなと飲み込んじゃう人が多いなと、友だちと話していても思うんです。

でも、飲み込むのをやめよう。我慢するの、やめよう。まず調べよう。そしたら仲間が見つかります。誰も、一人であきらめないでほしい。それが、結果的に私たち全員の力になっていくと思います。私もあきらめずに、変えたいことに対して声をあげていくつもりです。

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