ドイツの性刑法調査に学ぶ「NOmeansNO!」日本の刑法見直しに向けて

日本共産党参院議員、弁護士 仁比聡平
日本共産党前衆院議員 斉藤和子
日本共産党前衆院議員 池内沙織

『女性のひろば』2018年4月号より

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 日本共産党国会議員団は昨年9月、ドイツ、フランスで性暴力にかかわる刑法(性刑法)の改正がどのように進んだのか、両国を訪問調査しました。先に報告書がまとまったドイツでの調査を中心に、参加した池内沙織、斉藤和子両前衆院議員と、法務委員会に所属する仁比聡平参院議員の3人に語り合ってもらいました。
撮影・木下浩一

 ──調査のお話の前に、昨年の日本での性暴力・性犯罪にかかわる刑法の大きな改正についてかいつまんでおさらいを。

 仁比 110年ぶりの抜本改正で、柱は別項のとおりです。大切なのは、性犯罪は被害者の人間としての尊厳と心身の完全性──人格そのものを脅かす暴力である、と捉えなおす改正であった、ということです。
 戦前の大日本帝国憲法下では、「跡継ぎを産むべき妻が、夫以外の男性に貞操を奪われてはならない」というのが法の趣旨だった。戦後の新憲法下では、性にかかわる人権を守るためだと解釈を変えたけれど、実態としては旧い考えのしっぽをひきずった運用が横行してきた。そこにメスを入れた改正でした。

 池内 それでもまだ欧米諸国の到達点からは20年、30年の遅れがあります。

写真・仁比
(写真・仁比聡平 日本共産党参院議員、弁護士)

積み残した課題

 仁比 積み残した課題のなかでも大きなものが「暴行・脅迫要件の撤廃」という問題。つまり、「強制わいせつ」「強制性交等」を問うには、暴行または脅迫をともなっていたことが要件になる。暴行や脅迫がなかったケースは罪に問えない。この要件が残ったことです。

 斉藤 しかも現実には、少々の暴行・脅迫では罪に問われていませんよね。“そもそも性行為には少々の手荒なことは伴うものだから、罪に問う以上は相当程度ひどい暴行・脅迫でなければいけない”という暗黙の運用ルールが被害者を苦しめてきた。それは暴力を容認する社会のありようにもかかわっていると思います。
 それを一番痛感したのは、性暴力救援センター・大阪(SACHICO)の加藤治子医師から伺ったお話でした。明らかに強姦されているのに起訴されないことがとても多い。あるケースでは被害者が検事に「(あなたが受けた)暴行が弱いです。骨折するとか、ボコボコにされるとかでないと」と言われ不起訴になっている、と…。

 仁比 被害者はとっさに抵抗できずフリーズしてしまうことも多い。知人からの被害が8割を占めていて、混乱のなかで抵抗しきれないこともある。だから被害者団体からはこの「暴行・脅迫要件」を撤廃すべきだという強い要望が出され、「3年後の見直し」への宿題になったわけです。

ドイツに行ってわかったこと

 ──さてそこで調査のお話を聞かせてください。池内さん、斉藤さんは、その「暴行・脅迫要件」を一足早く2016年に撤廃したドイツに飛んだわけですね。

 池内 ドイツは長く日本の刑法が参考にしてきた国。性刑法については欧州でも保守的で遅れた国と言われてきました。そのドイツで「暴行・脅迫要件」が撤廃された。しかも全会一致です。日本の国会審議に絶対にほしい参考情報です。ところが法学誌でもほとんど紹介されていないし、政府に言っても、翻訳ができていないとか、あれこれの理由でぎりぎりまで改正前の情報しか出さなかった。それなら行くしかない! と。

 仁比 ドイツでは、暴行・脅迫要件をとりはらい、「他者の認識可能な意思に反して」、性的行為をおこなった者は刑に処する、とした。つまり暴行・脅迫がなくても、「私はイヤだ」と相手にわかるよう意思表示していたのに性的行為を強いたら罰します、ということです。たとえば「イヤです」と言う。かぶりを振る。涙を流す。そのNOの意思を侵害してはならない、としたわけです。

 池内 NO means NO(イヤはイヤだ)。ドイツ語で「Nein heißt Nein」(ナイン・ハイスト・ナイン)の原則ですね。
 性犯罪はもともと第三者がいない犯罪だから証拠立てが難しい。暴行・脅迫要件を撤廃して、「私はイヤだと言った」「いや聞いてない」という話になると、これまでよりさらに起訴も有罪も難しくなるのではないか──。そう尋ねると、司法省の性犯罪等課長さんもベルリン州警察の性犯罪部長さんも、その困難は率直に認めていました。しかしそれでもこの改正には価値がある、と高く評価していらした。「なにより、暴行・脅迫という要件を取り払ったことで、被害者がより声を上げられるようになったのです」と。
 そして、質の高い証言を得るために事情聴取の録画を増やし、最初の聞き取りは専門警察官がおこなう、男女の専門人材の養成、的確に状況を把握、分析できる能力を高める研修、当直体制の整備など、州警察のとりくみをていねいに説明してくれました。

写真・池内
(写真・池内沙織 日本共産党前衆院議員)

 ──立証の困難さを、被害者の立場で乗り越えていくために具体的に試行錯誤しているのですね。

 池内 そうです。それは、「骨が折れてボコボコにされていないと立証しにくい」という基準で被害者を泣き寝入りさせるより、はるかに大きな前進です。

欧州の大きな流れ

 斉藤 私は今回、「欧州評議会・イスタンブール条約」(2014年発効)について実感をもって学びました。条約では「女性にたいする暴力」をこう定義しています。
 「公的生活もしくは私的生活のいずれで生じるかを問わず、女性に対する身体的、性的、精神的もしくは経済的危害もしくは苦痛をもたらすか、またはもたらす可能性のあるジェンダーに基づくあらゆる行為(かかる行為の脅迫、強制もしくは自由はく奪を含む)」。そして性暴力についておよそこう規定しています。
 「同意に基づかない性的性質の挿入行為や他の性的性質の行為を犯罪とする立法上その他の措置をとる。…国内法で認められた従前のまたは現在の配偶者、パートナーに対する行為にも適用されるよう必要な立法上その他の措置をとる」(第36条)
 つまり、暴行・脅迫の有る無しという問題ではなく、大前提として「同意に基づかずにやってはだめ」ということを社会の規範にしよう、と宣言した。

 池内 パラダイム(時代の規範)の転換だよね。

 斉藤 そうそう。この条約に基づいてドイツで性刑法の改正がとりくまれてきたんです。
 私自身、2015年大晦日のケルン事件(ケルン市中心部で集団強姦、痴漢行為がおこなわれ、数百件の被害届が出た)が刑法改正につながったという表面的な見方をしていましたが、事件はきっかけでしかなかった。被害者、女性団体などが粘り強く「NO means NO」と運動を続けてきて、イスタンブール条約発効があり、そこにケルン事件という不幸なきっかけが加わった。大きな流れがあったわけです。

 池内 なかでも決定的だったのが、ドイツの女性法律家団体、被害者支援団体がとりくんだ「107事例の分析調査」です。処罰されるべき性暴力でありながら、暴行・脅迫を伴わないために不起訴または無罪になったと思われる107の事例を分析した。
 なかには、少女が画家から「モデルになって」と言われ、アトリエで壁に向かって立つように指示されて従ったところ突然後ろから襲われて性行為がおこなわれた。突然のことで抵抗できなかったため、有罪にならなかった──というひどい例もありました。こうしたケース分析の積み重ねが世論に大きなインパクトを与えていた。

 仁比 僕もそれはたいへん示唆に富むとりくみだと思いました。昨年12月5日の法務委員会でもこれをとりあげて、日本でも被害調査をおこなうべきだと提起した。同時に、正式に被害者に審議会メンバーに入ってもらおう、と。上川陽子法務大臣は、大変重要な検討、調査検討をこれからしっかりしていく必要があると思う、と前向きな答弁だった。ぜひ実現させたいと思っています。
 日本の現状は、被害にあっても誰にも相談できない被害者が7割近くいて、警察に申告しているのはわずか4・3%。その被害者が必死の思いで捜査に協力しても起訴率は35%程度。その4、5割は嫌疑不十分。ぼう大な被害が潜在化している。その具体的事実から出発することが大きな力になると思います。

写真・斉藤
(写真・斉藤和子 日本共産党前衆院議員)

 ──子どもたちを性暴力から守るとりくみについても聞き取りをしていますね。

 池内 教育が徹底していたことに驚きましたよ。小さな頃から、まず「イヤなことはイヤだと言っていいんだよ」と教えている。

 仁比 実の父親から長く被害にあった山本潤さん(性被害当事者が生きやすい社会をめざす一般社団法人Spring代表理事)のように、子どもは、自分がされていることを理解できない。お父さんがお布団に入って来る、なんだかイヤだ、何かおかしい、と思っても誰にも相談できず深く自分を傷つけていく…。それを防ぐには、「イヤなことはイヤだと言っていいんだよ」ということを小さいうちから教えなくてはいけない、と。フランスでは9歳までに近親姦について教えることが義務になっているそうですね。

 池内 「目上の人の言うことは聞きなさい!」という日本と真逆。(笑)

 斉藤 写真は低学年向けの小型絵本ですが、『レナはイヤだといった』『ベンはイヤだといった』と男女別に2種類。レナの方は、海岸で近所のお兄さんがしきりに自分を写真に撮るのがなんだかイヤだ…というもの。イヤだと言っていいし、「このことは誰にも言わないで」と頼まれても相談していいんだよ、という内容です。州警察が支援団体といっしょに学校を回って広げているそうです。子ども向けのテキストがありますか? と聞いたら「山ほどあります」というので思わず「全部ください!」って。(笑)

 池内 緑の党のスタッフが、「子どもが幼稚園で『イヤだ』と言うことを覚えてくるから家でもたいへん」と笑ってたね。だけどこれはとても大事なんだ、と。
 性刑法のあり方は、社会の性への意識を変える側面もある。ドイツはすでに20年前に夫婦間強姦の処罰化を明記したけれど、緑の党スタッフの35歳の女性は「私たちの世代のカップルは、これはもう常識になっています。だから今回の改正も20年たてば社会に大きな変化をもたらしているでしょう」と。希望に満ちたいいお話だったなぁ。

超党派で前進を

 池内 私は子どもの頃から身近にあったジェンダー不平等、「女だから」とあきらめさせる因習や文化に苦しんだし、そこから飛び出すことで自分の言葉をもつことができた。大学で日本軍「慰安婦」問題を学んで、なぜこの国は戦時性暴力に正面から向き合えないのかと歯噛みする思いできた。性の問題を、ただの一人も足蹴にされていい人生はないんだ、という大きな人権問題としてとりくんできました。そんな自分が、初当選した国会でたまたま110年ぶりの性刑法抜本改正にいあわせたんです。

 斉藤 私は高校教師をしていたので、妊娠や「援助交際」に苦しんで重い口を開く子どもや青年のことは他人事ではなかった。困難を抱えた高校生の居場所がない、どうしたらいいのか道が見えなかった。国会に選出されてから、女子高生サポートセンターColabo代表の仁藤夢乃さんたちとJK(女子高生)ビジネスの視察に参加したり、SACHICOに学ぶなかで、性暴力に苦しむ人をなんとしても無くしたい、被害にあった人を救援する仕組みの整備は緊急の課題だと思うようになりました。

 仁比 法務委員会にいる僕の責任は重いものがあります。「3年後の見直し」は、被害者が国会でみずからの苦しい体験を語り、幅広い女性団体が声をあげてかちとった附帯決議の成果です。
 被害者救援、加害者更生の問題まで、課題は山積しています。その中で池内さんがアダルトビデオ(AV)出演強要問題、女子高校生を性的食い物にするJKビジネスの問題で一昨年3月、70分にわたる国会質問で実態を暴き出し、AV問題では被害者勝利の判決をかちとった運動と結んで業界にメスが入ってきた。薬物をつかった「レイプドラッグ」問題でも昨年末、被害時の記憶が欠落するケースに留意することや、証拠保全のための採尿、採血など全国の警察への連絡文書がでました。貴重な前進をかちとってきたことも確信にして、この問題はぜひ超党派で前進させたい。2人とも早く国会にもどってきてください。

 斉藤、池内 もちろん!

■2017年 刑法改正のおもな柱
・強姦罪を「強制性交等罪」と名称を変更。男性も被害者の対象に。「肛門・口腔性交」も対象に加えた。(改正前は肛門・口腔性交は「強制わいせつ罪」だった)
・「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」を新設。親などの監護者が18歳未満の子どもに及んだ行為は暴行・脅迫がなくても罪に問うことに。
・被害者の告訴がなくても起訴できる「非親告罪」にした。
・法定刑の下限を「3年以上」から「5年以上」に。


■ドイツでのおもな日程(9月7~8日)
メンバー=池内沙織、斉藤和子両衆院議員(当時)、木田真理子、高橋万里両国会議員秘書
▶おもな聞き取り
・連邦司法・消費者保護省 性犯罪等担当課長 ズザンネ・ブンケ氏=女性
・ベルリン州警察性犯罪部長 ユルゲン・ティーレ氏=57歳、男性
・緑の党スタッフ ニコラ・イブルク氏=35歳、女性
・左翼党 コルネリア・メーリンク議員=1960年生まれ、女性

■イスタンブール条約
「女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンスの防止及びこれとの闘いに関する条約」2011年欧州評議会が作成

 

「女性のひろば」2018年4月号

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