現場Note

校閲──「表現の探究者」として迷い、考え続ける

中村徳仁(校閲部)

中村徳仁(校閲部)

 漢和辞典によると、校正・校閲の「校」の字には比較の「較」と同様に「くらべる」「考える」「考え合わせる」という意味があるのだとか。「閲」の「調べる」と合わせて、なるほど日々ウンウンとうなり悩んで「わからん」と口にしているのもむべなるかな、というものです。

 「赤旗」の日本語表記は時事通信社の『用字用語ブック』に準拠していますが、それでも確信がもてずに部員同士で相談することもしばしば。これがさらに人権問題に関わる表現のこととなれば、「校閲」の姿勢が字義通り問われます。私たちはちゃんと「考え」ているのだろうか? 人権を重視する政党機関紙として? 

ジェンダーガイドライン作成

 「赤旗」独自の「用字用語」はこれまでもありました。ヘイトスピーチを「憎悪表現」ではなく「差別扇動行為」と説明するなど。しかしジェンダー問題での独自基準は文書化してはいなかったのです──ジェンダー平等を打ち出した綱領改定後も! これではということで次の大会までにジェンダーガイドラインをつくろうと、ジェンダー用語研究会ができたのが2022年の2月。編集局各部から関心のある記者が十数人集まりました。月1回の会議とLINEグループでの情報共有を重ね、同年末に第1版が完成しました。

 ①男女のいずれかを排除したり、偏ったりしない②性別により役割や職業を固定化しない③男女間に優劣や上下関係が存在するかのような扱いをしない④理由もなく、男女で異なった表現はしない⑤性の多様性を尊重した表現にする⑥企画立案の段階から丁寧に検討する──を柱として、「一人ひとりが個人として尊重されているか」を基準に、「赤旗」は紙面づくりをしていきます。

 このガイドラインでは、研究会メンバーが日々の記者活動で感じるモヤモヤを踏まえて、「何が問題なのかを各記者が認識して、日々アップデートしていくことが必要です」という文が太く大きく特記されています。〝意識高い人から文句つけられたから従っとく〟〝もうジェンダーのことはわかってるから問題ない〟という態度では、綱領実現への道は遠いでしょう。日々迷い、考え続ける必要があります。

紙面に変化

 ガイドライン作成により、紙面に変化が生まれました。「おはようニュース問答」という対話形式でトピックを解説するコーナーでは、女性キャラクターは語尾に「だわ」「のよ」とつけていましたが、なくなりました。 トランスジェンダーは時事通信の用字用語に合わせて「体の性と心の性の不一致」などと説明してきましたが、「出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人」といった形に変えました。

 「心の性」という表現も、社会的受容の点で意義のあった時代もありましたが、当事者の実感と距離があることも指摘され、また差別や排除の口実に使われる言葉にもなっています。現在使っている、性自認、ジェンダーアイデンティティーという言葉も、時代の進展とともに変わっていくのかもしれません。

 〝移りゆくこそ言葉なれ〟と言われますが、時代時代の現実認識の新しさが、新たな言葉、考え方を創造していきます。新しいがゆえに理解に手間が必要なこともあるでしょう。赤旗記者として「日々アップデート」しながら読者の理解に貢献していきたいものです。

全体に行き渡らせる

 言葉の問題だけでなく、紙面に使われるイラストなどにも注意しなければいけません。

 あるシリーズ企画のタイトルロゴに使われたイラストで、筆者の性別に合わせて男女のキャラクターを使い分けようとしたことがありました。でもそれってどうなの? 性別は男女2つだ! というのはもはや遅れたイデオロギーでしょう。マイノリティー(少数者)はどこか遠くにいて配慮が求められているらしい存在ではないのです。「すでに共にある」のです。最近の変化としては、党員の訃報記事で、喪主の続き柄(校閲豆知識ですが、「ぞくがら」は俗な言い方とされています)が書かれなくなりました。家父長制からの脱却、ということでしょうかね。

「/」か「&」か

 変化といえば、大会決議案をお読みの皆さんお気づきでしょうか。前回の大会決議での「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」が「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」に変わっていることに! 性と生殖に関する健康と権利のことですから、「セクシュアル」が加わるのはまあ分かるとして、「/」が「&」に置き換わるのには、校閲部長が駆け回る波乱(?)があったのです。

 「/」は政府訳でそうなっているため、各方面で使われています。しかし「/」にはor(あるいは)のニュアンスが強くありますし、口に出す時に「ヘルスライツ」と読まれることも多く、「健康の権利」に意味が変わってしまいかねません。中絶問題研究家の塚原久美さんは党ジェンダー平等委員会での講演で「健康」と「権利」は両輪の関係であり「&」にすべきだとしていることもあり、「赤旗」紙面では基本「&」なのですが、決議案の原稿では「/」。以前私が研究会のLINEグループで紹介した塚原さんの講演資料を根拠に関係各所と折衝の末、「&」に変更となりました。

 ジェンダー問題に限らず、人権や公正さ、正義に合致する表現の探究は、激動する世界情勢とともになされています。

公正さ、正義への合致

 パレスチナのイスラム組織ハマスとイスラエルが2023年11月22日に戦闘中断を合意するにあたり、ハマスは人質を、イスラエルは囚人を解放する旨の見出しを「赤旗」は立てました。これに対し読者から「囚人」という言い方はどうなのかという批判をいただきました。イスラエルは多くのパレスチナ人を起訴・裁判なしで無期限に拘禁し、国際的に非難されています。「囚人」という言葉には、有罪が確定しているという印象も受けやすく、また日本では1995年の刑法改正に伴い法律上は使われなくなった古い用語ということもあり、「赤旗」では「収監者」と表記することにしました。

 イスラエルによるガザ攻撃後、盛んに使われるようになった「ジェノサイド」。この言葉の説明に若干揺れがありました。「集団殺害」が優勢であるものの、時々(志位委員長の発言で)「大量殺害」になっていました。ジェノサイド条約の和訳は「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約」であり、「国民的、人種的、民族的、宗教的集団を破壊する意図をもって殺害、迫害を行う行為を国際犯罪とし、各国が協力して防止し処罰しようとする条約」(法律用語辞典第5版)とされています。「大量」は必要条件ではあるが十分条件ではないということで、国際委員会などの判断のもと、「集団殺害」で統一することになりました。

「双方向・循環型」

 こんな具合に、「赤旗」の言葉づかいが決まっていくさまを見ていると、党活動の中心に位置づけられている「赤旗」の重みと、「双方向・循環型」という言葉の意味の一端を感じ取ることができます。

 冒頭で触れた「校閲」と「考える」こと。フランス語で「考える」を意味するPenserの語源は、「つるす、重さを量る」を意味するラテン語なのだそうです(ロベール仏和大辞典)。羅和辞典でpens-、pend-といった関連する語幹の辺りを引いてみると、「宙に浮いた」「ためらっている、迷っている」「(状況・事態が)未決定[不確定]である」「心配する、気をもむ」を意味する単語が出てきて、校閲っぽいなと笑みがこぼれました。マルクスのモットー「すべてを疑え」を胸に、迷い考え続けていこうと思います。

 (なかむら・のりひと)

『前衛』2024年2月号から