2023年6月18日(日)
2023焦点・論点
フェミ科研費裁判、杉田水脈氏に賠償命令確定
名誉毀損認められた原告・大阪大学名誉教授牟田和恵さん
学問・フェミニズムへの攻撃
ノーの意思表示と連帯で勝利
自民党の杉田水脈衆院議員を名誉毀損等で提訴したフェミ科研費裁判の控訴審判決が5月30日、大阪高裁でありました。昨年5月、原告の請求を全面棄却した京都地裁判決を一部覆し、杉田氏に33万円の賠償を命じる逆転勝訴判決が出され、確定しました。原告のひとりで、高裁判決で杉田氏による名誉毀損が認められた牟田和恵さんに聞きました。
(党学術・文化委員会 朝岡晶子)
―高裁判決は、牟田さんらの科研費研究には、杉田氏が言うような科研費の不正使用・ずさんな経理はなかったとし、地裁判決を一部見直しました。
高裁判決は、地裁判決を覆す画期的な判断だったと思います。
杉田氏は、私たちが科研費研究の助成期間終了後に作成したショートムービー「『慰安婦』問題は#MeTooだ!」に対して、助成期間終了後に経費を支出していてずさんな経理だなど、私たちが科研費を不正使用したかのような発言をしてきました。
しかし、助成期間終了後に研究成果をまとめて発表することはしばしばあることですし、そもそも終了後に科研費を使えるわけがありません。
それにもかかわらず一審では、「研究期間終了までに動画が完成していなかったのは事実」であり、「被告がずさんと述べたのは、原告の牟田であるか、所属大学であるのか明らかではない」と、杉田氏の発言になかった判断までされて驚きました。
二審は、助成期間終了後に科研費が使用されたとは認められず、牟田の「名誉を毀損する違法なもの」として杉田氏に慰謝料の支払いを命じました。
これは、国会議員が科研費をはじめとした公金の支出について、何の根拠もなく好き放題に発言することへの歯止めにもなる重要な判断だと思います。この判断は、私たちの科研費研究にとどまらず、「反日研究に公金を使うな」などと言った科研費たたきや、東京都の若年被害女性支援事業の委託を受けて活動してきたColaboたたきの問題にもつながるものだと考えます。
―一方、「慰安婦」研究に対し、杉田氏が「ねつ造」だとした発言については、「立場・見解の相違」であるとし、名誉毀損にあたらないとされました。
二審が、「慰安婦」問題については、私たちの研究と杉田氏に意見の違いがあるのは周知の事柄であり、杉田氏が「ねつ造」と言ったのは、「慰安婦」には強制はなかった、性奴隷制は事実に反する「ねつ造」であるとする立場・見解から述べたのであって、私たちの研究について言ったわけではないとして判断を回避したのは、一審に続いて残念なことでした。
このように、裁判所が歴史修正主義に肩入れしているように思えるのは残念です。しかしこれは裁判所の問題というより、安倍晋三氏の官房長官時代以降、国家権力が主張してきた歴史修正主義に問題があると思っています。
今日、日本政府は、「慰安婦」には強制性があったとした1993年の「河野談話」ではなく、2016年、女性差別撤廃条約政府報告審査で杉山晋輔外務審議官(当時)が行った「強制連行は確認できなかった」という発言を政府見解としています。本来、三権分立に基づいて独立した判断をすべき司法が、行政・立法とむしろ歩調を合わせていることを確認する結果となりました。
―2019年2月の提訴から4年3カ月。この裁判にはどのような意味があったとお考えでしょうか。
杉田氏を提訴する以前、私たちの研究を理解してくださっている方からも、「杉田氏が差別的な発言をくり返す人物なのはわかっているのだから、裁判などしなくてもいいのではないか」と言われました。
しかし私は、杉田氏の発言を放置しておくことが、今後、科研費や学問の自由、そしてフェミニズムへの攻撃がされたときに、〝あのとき私たちが放置していたからではないか〟と思うかもしれないと考えると、いたたまれませんでした。私自身の学問的立場・社会的立場の責任からしても、ここではっきりとノーと言っておかなければならないと思ったのです。
実際、私たちが提訴した翌年の10月、菅義偉首相(当時)による日本学術会議会員任命拒否問題が起きたように、学問・研究への政治介入はいっそう強まっています。そのようななかで、高裁判決は、多少なりとも、国会議員が学問・研究に口出しするなということをアピールすることになったのではないかと思っています。
―フェミニズム・ジェンダー研究や運動との関係ではどうでしょうか。
杉田氏が科研費バッシングをしはじめた当初は、私たちの研究ではなく、科研費の助成額がより高額である別の研究を批判していました。しかし、途中から私たちの科研費研究に焦点を絞ってきた。
それは私たちの研究が、「慰安婦」や性暴力、セクシュアリティーを扱っている研究だったため、バッシングしやすかったのでしょう。加えて、この研究グループの全員が女性研究者であったということも関係していると思います。
そして残念ながら、京都地裁、大阪高裁の裁判官にも、それに近い認識があったのではないかと思わざるを得ません。杉田氏が私たちの研究にたいして「ねつ造」、「とんでもない研究」であると言い放ったことは、研究者の社会的評価をおとしめるばかりか、研究者生命にもかかわる重大な発言です。しかしこの問題について裁判所には理解されませんでした。
一方、ジャーナリストの伊藤詩織さんの裁判や選択的夫婦別姓裁判などがそうであるように、女性たちが黙らなくなってきました。そしてそれらが一定の支持を得るようになってきた。女性たちが声をあげることをよしとしない人たちは、それに対しての危機感をもっているのでしょう。ですからそれをつぶしたいと考えている。
裁判では、毎回たくさんの市民―なかでも女性たち―が傍聴席を埋めてくださり、多くの研究者がひとごとではないと受け止めて支援してくださったことも大きな力になりました。
引き続き、こうしたみなさんとともに、杉田氏のような歴史修正主義者が大手を振っているような社会状況に対して声をあげていきたいと思っています。
フェミ科研費裁判
日本学術振興会科学研究費(科研費)の助成を受け、日本軍「慰安婦」問題やフェミニズム・ジェンダー研究と運動の連携について研究したグループへの誹謗(ひぼう)中傷をくり返した自民党の杉田水脈衆院議員にたいして、2019年2月、研究グループ4人が名誉毀損等で損害賠償を請求した「国会議員の科研費介入とフェミニズムバッシングを許さない裁判」。
むた・かずえ 1956年生まれ。大阪大学名誉教授。2023年1月までグラスゴーカレドニアン大学客員教授。『ジェンダー家族を超えて―近現代の生/性の政治とフェミニズム』(新曜社)、『部長、その恋愛はセクハラです!』(集英社新書)ほか