性刑法改正を考える―甲南大学名誉教授・斉藤豊治さんに聞く

 性暴力事件の無罪判決が相次ぎ、判決に抗議する「フラワーデモ」が各地で行われる中、刑法の性犯罪規定の見直しを求める声が広がっています。この問題にくわしい甲南大学名誉教授で弁護士の斉藤豊治さんに聞きました。

写真 斉藤豊治甲南大学名誉教授・弁護士

(写真)斉藤豊治 甲南大学名誉教授・弁護士

男性中心の法を改正へ

共産党の提起は重要、議論広く

 日本共産党が性暴力根絶の観点から、性刑法の改正を求め、強制性交等罪〔旧強姦(ごうかん)罪〕の「暴行・脅迫要件の撤廃」と同意のない性交を処罰することを提起しました。これは重要な提起であり、広く議論を起こすことが大切だと思います。私も研究者として、基本的問題について述べたいと思います。

 強制性交等罪における「暴行・脅迫」の程度について刑法は特別に限定していません。しかし、判例・通説は、被害者の抵抗を著しく困難にするほどの強い暴行・脅迫でなければならないと解しています。これは、女性は暴行・脅迫に対し必死に抵抗しなければならないことを暗黙の前提にして、その抵抗を困難にするほどの強い暴行・脅迫が行われた場合に初めて、加害者は非常に重く処罰されます。

 このような仕組みは日本に特異なものではなく、一番露骨なのは、イギリスのコモンロー(慣習法)でした。そこでは、妻は夫の所有物であり、家や一族のために子どもを産む道具とみなされ、強姦は他人の妻を奪う財産犯の一種とされていました。強姦罪の重罰は、女性の保護ではなく、男性中心の「道徳秩序」を守るためのものでした。女性が必死に抵抗しなかった場合には、強姦罪は不成立でした。

 日本の戦前の法律では、フランスやドイツの影響を受け、露骨に“妻は夫の財産”とは書かれていませんでしたが、男性中心の秩序でした。戦後廃止された姦通罪では妻の姦通は犯罪でしたが、夫が妻以外の女性と性的関係を持つことは、子孫をつくり家系を維持するものとして、不処罰でした。強姦罪では、夫と家のために必死で貞操を守れとされたのです。法律上は抽象的な規定だからこそ、実態が隠されてきたのです。

 私は性刑法における男中心の価値観を考えるなかで、エンゲルスの理論に注目してきました。私有財産と私的所有が生じると、男が支配的地位を持ち、男子がそれを相続し、受け継がれます。男性中心の家族・婚姻秩序が形成され、国家の基礎とされました。これは資本主義よりもずっと長い古代からの歴史を持つ観念です。そのため近代になってもなかなか人々が自覚するようになりませんでした。

 そうした男性中心の秩序が性刑法に持ち込まれ、長い間改革されずにきました。暴行・脅迫の要件には、男性中心の支配的観念が反映しているのです。

 女性の強い抵抗があり、これを排除しなければ暴行・脅迫には当たらず、強姦罪=強制性交罪は成立しないとされたわけです。こうした構造が、女性の性という尊厳にかかわる法益を保護するうえで、大きな障害になっており、いま切迫した社会問題になっています。

写真 7月フラワーデモ

(写真)「性暴力を許さない」と花を手に「フラワーデモ」に参加した人たち=7月11日、東京駅前

3段階類型化で処罰を

単純不同意から抵抗抑圧まで

 強制性交等罪の暴行・脅迫は、被害者の抵抗を著しく困難にする程度のものでなければならないとされています。

 そのため、外形的に軽い暴行・脅迫であれば、被害者が抵抗不能の場合でも処罰できません。例えば、上司と部下のように力関係に大きな差がある場合、外形的には軽い暴行・脅迫であっても、抵抗できないことがまれではありません。

 前回2017年の性刑法の改正案を審議した法制審議会の部会では、そういう場合でも運用で対応できるという意見が強かったのです。しかし、運用にはばらつきがあり、法改正をしなければ、変わりません。夫婦間強姦の問題も同様です。不同意性交の強制は性的虐待ですが、強制性交等罪では事件とされていません。前回の性刑法改正で監護者が18歳未満の者に対して影響力に乗じて性交した場合、処罰するとしました。力関係に圧倒的差異があるその他の場合を類型化して、規定することは残された課題です。

 他方、私は被害者保護のためと称して刑罰をどんどん重くしてきたことは疑問です。前回の性刑法の改正で法定刑の下限が懲役3年から5年に引き上げられました。しかし、刑を重くすればするほど、限定的に運用され、効果が薄くなるという傾向があります。刑法では可罰的違法性という考え方があり、刑罰を引き上げると、それだけ強い法益侵害が要求されるからです。

 現在の規定から「暴行・脅迫」要件を撤廃して、単純不同意を処罰の対象とすると、一律に5年以上の懲役では、かえって使われない規定になりかねません。私は3段階の類型化が望ましいと考えます。

 一つは単純不同意性交罪、もう一方では抵抗不可能な暴行・脅迫を用いた加重的強制性交罪、その中間として抵抗不能とまではいえない暴行・脅迫を用いた強制性交罪の3段階です。抵抗不能型としては、(1)凶器を用いる場合 (2)集団的犯行の場合 (3)逮捕・監禁をしていた場合 (4)薬物・アルコールを利用して抵抗不能とした場合 (5)他の暴力犯罪により生じた抵抗不能を利用する場合などが考えられます。この類型では、これまでの「抵抗を著しく困難にする」程度よりも重く、強盗罪と同じ程度の「抵抗不能」の暴行・脅迫を条文で明記すべきだと思います。

 職場等の上下関係を利用した場合は、社会的抵抗不能といえます。単純な不同意性交としては軽すぎ、物理的抵抗不能とするには重すぎるので、中間の類型に入るとすることが考えられます。いずれにせよ、今後の検討課題です。

 単純不同意の類型では、「同意」の内容や同意の証明をどうするかが、冤罪(えんざい)防止とも関連して、検討課題です。この問題は、国際的にも統一した基準は未確立ですので、これから大いに議論していくことが大事だと思います。

「しんぶん赤旗」2019年6月25・26日付掲載
(聞き手 中祖寅一)

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