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2026年1月17日

志位議長 次期総選挙へ不出馬

議長として引き続き責任はたす

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(写真)記者会見する志位和夫議長=16日、国会内

 日本共産党の志位和夫議長は16日、国会内で記者会見し、次期総選挙への不出馬を表明しました。志位氏は「引き続き党の議長として、日本共産党の発展、世の中を良くしていくために、力をつくしていくことには変わりはありません。直面する総選挙に対しても、日本共産党の勝利のために、全国のみなさん、予定候補者のみなさんと心を一つに、頑張り抜く決意です」と語りました。

 志位氏はこの判断について、「私自身の心の中では、2024年1月の第29回党大会で現在の体制をつくったときに、だいたい決めていたことでした」と説明。新体制のもと、国政では田村智子新委員長が党を代表する役割を担うことを確認したことを踏まえ、国会の議席も次の方にバトンタッチすることが当然と考えてきたと明らかにしました。

 志位氏は「今後も議長として、外交、理論、党建設、国政など、党のあらゆる分野で必要とされる責任を果たしていく決意です」と語りました。

 志位氏は1993年に旧衆院千葉1区で初当選し、以後11期33年にわたり衆院議員として活動しました。歴代17人の首相と論戦し、代表質問60回、予算委員会や特別委員会の総括質疑・基本的質疑などの質問に46回、党首討論に28回立ったことなど、「この33年間の日本の政治が直面した根本問題について、正面からの論戦をしてきたと思います」と振り返り、有権者や党員、後援会への感謝を表明しました。

自民党の劣化がすすむもと、日本共産党の役割はいよいよ大きい

 会見では、記者から33年間での国会活動への感想を問われて、「1990年代、2000年代、10年代と、時代を経るにしたがって、自民党政治の劣化がすすみ、かつて自民党がもっていた活力を失ったと感じます」と語りました。

 1990年代の橋本龍太郎首相との論戦では「橋本さんは官僚まかせにせず、正面から答えてきました。立場は異なってもかみ合った論戦で、爽やかさも感じました。そういう点では自民党の活力を感じたものでした」と強調。2000年代の小泉政権は弱肉強食の新自由主義やイラク派兵を強行し、正面から対決したが、02年の日朝平壌宣言を交わした際には、党首会談でこれを高く評価し、この一点では協力してきたことを語りました。

 10年代の安倍政権については「冷静で論理的な議論がいよいよなくなった」と指摘。とりわけ、安保法制の強行について「戦後最大の汚点です。憲法という国の土台でモラルハザードを引き起こした責任はきわめて大きい」と批判しました。

 さらに、高市政権の衆院解散の動きをはじめ、この間の自民党政権が相次いで超短期解散・総選挙を強行してきたことに触れ、「国の進路をめぐる正々堂々の論戦に耐えられないところまで、自民党政治は行き詰まり、劣化している」と指摘。その根源に「財界中心」「アメリカいいなり」の政治システムをあげ、「この根本から日本の政治を変えるときが来ています。この仕事を担うことができる日本共産党の役割はいよいよ大きい。総選挙での躍進を必ず果たしていきたい」と語りました。

 (会見の冒頭発言)