2005年2月8日(火)「しんぶん赤旗」

経済・財界気流

武器輸出“解禁”

世界からの信頼より、もうけ優先 

米軍需産業の下請け化


 小泉自・公内閣は武器禁輸原則の見直しを決めました。武器を輸出しないことで築いてきた国際的信頼を政府の手によって掘り崩す愚行ですが、財界は歓迎しているようです。


  小泉内閣は、昨年十二月、新「防衛計画の大綱」を決定したさいの官房長官談話で、日本が米国との間で進めている「ミサイル防衛」に関連した部品輸出を武器禁輸原則の例外にするとした。

過去3回要求

  これまで、日本経団連は旧経団連時代を通じ三回(一九九五年、二〇〇〇年、〇四年)も武器禁輸原則を見直すことを求める意見書を提出してきた。

  財界の要求が実った格好だね。

  「大綱」の内容を検討するために首相の私的諮問機関として設置された「安全保障と防衛力に関する懇談会」も「武器禁輸を緩和すべきである」(〇四年十月)と提言した。

  この懇談会は、東京電力の荒木浩顧問が座長を務め、トヨタ自動車の張富士夫社長が座長代理の席を占めていたね。

  日本経団連副会長で、日本最大の軍需企業である三菱重工業の西岡喬(たかし)会長は「(武器禁輸原則の見直しで)防衛関連技術の発展を通じて技術創造立国としての水準の引き上げが可能となる」(日本経団連機関誌『月刊・経済トレンド』一月号)と強調している。

  まるで軍需をテコにして経済発展を目指す、“軍需経済宣言”じゃないか。

米の世界戦略

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日米財界人会議で記者団の質問に答える奥田碩日本経団連会長=2004年11月15日、東京・帝国ホテル

  その道を拒否したのが日本の憲法だ。そして平和産業の発展に力を入れてきたのが戦後の国づくりの柱だった。財界の方針は、これまでの国づくりの転換を迫るものだ。

  これまでの戦後を振りかえってみると、財界戦略を決定づける決定的時期には米国の世界戦略がある。

  どういうこと。

  五〇年代に入った日本では、当時すべての交戦国との平和を回復する全面講和の国民的運動が広がった。一方、米国は日本をアジア戦略の足場とするため、ソ連や中国などを排除した単独講和を進めていた。そのとき財界団体は、「講和条約に関する基本的要望」(五一年一月)を発表した。その中で「米国との単独講和もやむを得ない」「日米の協定によって日本の提供する基地に米軍が駐留することを要請」した。

  米国との単独講和、米軍への基地提供、日米安保条約の締結を進んで提言したわけだ。

  また、五〇年六月におきた朝鮮戦争は、日本側に米軍からの軍需品の需要をもたらし、「独占資本主義の復活」といわれる過程を進行させたが、経団連内に軍事企業の集まりである防衛生産委員会が発足したのは朝鮮戦争のさなかのことだった。

  当時の防衛生産委員会が第一に取り上げた問題は「完成兵器を中心とする米軍発注の見通しと、日本の自衛力規模との関連」(『経済団体連合会五十年史』)だったからね。

  それが今日にも引き継がれているのか。

  日米が進めている今回の「ミサイル防衛」も、宇宙をも支配下におく米国の世界戦略の一環だからね。

  軍需産業に詳しいあるジャーナリストは「今回の見直しで日本はアメリカの武器生産の部品づくりを担わされる。軍事技術の中核は機密だ。日本は、米軍需企業の下請けになるだけだ」と指摘している。

  でも、日本は武器禁輸原則を堅持していたことで世界からの信頼を得てきたんじゃないの。

  そうだ。外務省も「日本は武器輸出を原則的に行っておらず、輸出を前提とした軍需産業もないことから、国際社会をリードできる立場にある」(『日本の軍縮・不拡散外交』)と自ら評価してきた。

  世界からの信頼より、米国の世界戦略につき従い、もうけを優先する財界の罪は深いね。



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