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- 2026.04.11
国家情報会議設置法案の狙い/専修大学名誉教授(行政法)白藤博行さん
戦争遂行へ国家が国民をスパイ/世論広げ人権侵害の悪法阻止へ

白藤博行さん
首相を議長とする国家情報会議を新設し、内閣情報調査室(内調)を国家情報局に格上げする法案は2日の衆院本会議で審議入りし、衆院内閣委員会では8日に法案の趣旨説明、10日に質疑が始まりました。その狙いや国家による国民監視が強まる危険ついて、専修大学名誉教授の白藤博行さん(行政法)に聞きました。
(伊藤紀夫)
―高市早苗政権は、国民の安全や国益を守るためにインテリジェンス(情報の収集・分析)の司令塔機能の強化が不可欠だと言いますが、本当の狙いは何でしょうか。
2015年に成立した安保法制、22年の安保3文書にもとづく「戦争する国づくり」の上に、「戦争する人づくり」を狙っていると思います。米国と一緒に戦う国づくりのベースになる土壌づくりをしているのではないでしょうか。
戦争の遂行は国民の反対が大きければできません。戦争を容認する雰囲気づくりを進め、戦争に反対するものに冷や水を浴びせ、つるし上げてでも抑え込む必要があります。そのために国家が行う諜報(ちょうほう)活動(スパイ活動)で、すべての国民を監視する体制の強化が法案の狙いです。この意味では「国家諜報機関設置法」と言ってもいい代物です。
―その点で、高市首相は「本法案は行政機関相互の関係を律するものであり、国民の権利義務に直接関わるような権限の強化等を行うものでない」と答弁しています。どう見ますか。
高市首相は、この法案は行政組織法であり、国民の権利義務の侵害を根拠づける行政作用法ではないから、何も心配することはないとでも言いたいのでしょうが、そこが曲者(くせもの)です。
行政法には組織法と作用法の区別があります。行政組織法は、例えば内閣府設置法や警察法などの法律で、国家や地方公共団体の組織、任務、所掌(しょしょう)事務を定めるものです。
国民の権利義務を変動する活動をする場合には、その組織がどんな時にどのように活動するかは、要件と効果を定めた行政作用法が不可欠です。例えば、警察官職務執行法は作用法で、警察官がどのような権限行使をすることができるかの根拠法規という位置づけです。犯罪捜査については刑事訴訟法が別にあります。
今回の法案は組織法なので、国家情報局に国民に対するあれこれの具体的な権限を与えるものにはなっていません。それだけに、国家情報局は犯罪が起きる前に予防的にかつ秘密裏に広範に情報を集める任務・所掌事務が与えられているにもかかわらず、どんな時にどんな諜報活動をどのように行うのか、プライバシー等の個人情報をどこまで収集できるのか、全く書かれていないことが問題です。
この点、警察の情報収集活動の法的根拠と限界の議論が参考になります。警察法は組織法なのですが、第2条第1項で警察の責務を定めていることから、「公共の安全と秩序の維持」のためであれば、作用法の根拠なしに非権力的な手段で行われる情報収集活動はできるというのが判例・通説になっています。これに倣えば、国家情報局も法案を根拠に、作用法的根拠がなくても、国民監視の諜報活動はできることになります。とても危険なものです。
―内調は、自ら行う諜報活動などに加え、警察、外務省、防衛省、公安調査庁などの情報機関の「連絡調整」が役割でした。これが国家情報局では「総合調整」に変えられます。同局の「格上げ」にかかるこのような問題をどう見ますか。
これまでの連絡調整に代えて、政府全体を俯瞰(ふかん)し戦略的な総合調整を実施する意味を考えてみましょう。
01年施行の中央省庁再編は、究極的には内閣総理大臣の権限・機能強化が目的ですが、専ら内閣官房を司令塔にするために権限・機能を集中するとともに、内閣官房と各省庁との間に内閣府を置きました。このため内閣官房と内閣府が「知恵の場」、各省庁は「実施の場」という言われ方もされました。その際、司令塔としての内閣官房・内閣府の役割として盛んに使われ始めたのが「総合調整権」でした。各省バラバラの縦割り行政を統合するため、内閣官房・内閣府に総合調整権を与えたのです。

さらに法案第7条は、内閣官房長官や関係行政機関の長は会議に資する資料・情報を提出するとともに、議長(首相)の求めに応じて、資料・情報の提供および説明、必要な協力を行わなければならないとしています。要するに、議長に重要情報活動や外国情報活動に対処するための情報アクセス権等を保障しているわけです。
だから、国家情報会議・国家情報局が情報活動の司令塔になるために総合調整権やアクセス権を持つことは、「情報は国家なり」と豪語する北村滋元国家安全保障局長の言う通り、国家のあり方を左右するとてつもなく重大な改定です。
―自民党と日本維新の会の連立政権合意書は「スパイ防止関連法制」やCIA(米中央情報局)をモデルにした「独立した対外情報庁の創設」も掲げています。今回の法案とセットになっている点はどうですか。
いわゆる防諜(ぼうちょう)法規としての「スパイ防止法」は、直接スパイ活動をする人をターゲットにして捜査し、制裁するための法律です。諜報機関としての国家情報局の仕事をセーブするものではありません。日本における国家によるスパイ活動は合法だけれども、外国によるスパイ活動は違法という、もともと道理のない特殊な世界の話なのです。
ドイツのカール・シュミットが唱えた「敵・味方論」にでも立っているのでしょうか。世の中には敵と味方しかなく、敵には厳しく、味方は守るということになるわけです。安保3文書は、米国などの同盟国は味方で、中国、北朝鮮、ロシアは敵だとする「敵・味方論」に基づいた安全保障政策になっています。本法案や「スパイ防止法」も、こうした考え方に立ち、国民を戦争に動員するものになるのではないでしょうか。
―憲法が保障する国民のプライバシー権や表現の自由・報道の自由などの人権を侵害し、戦争に導く法案の成立を阻止するために何が必要でしょうか。
私は、日本には日本国憲法体系と日米安全保障条約法体系という対立する二つの法体系が存在すると頭にたたき込まれた世代ですが、今まさにそれが鋭く問われています。
高市首相は口先では「法の支配」を掲げながら、国際法違反のイラン攻撃を拡大するトランプ米大統領に物申せない対米従属の姿勢が際立っています。そんな首相が、国家スパイ機関を設置したら、何をするかわからないじゃないですか。「プライバシー等を無用に侵害するようなことはありません」と言っても信用できるはずがありません。
この法案は、国家諜報機関が私たちの大切な個人情報や大事な生活の核心部分をスパイしても、それを国会や第三者機関がチェックする仕組みさえない乱暴なものです。「こんなことが許されますか」と国民に問い、反対の世論を広げて人権侵害の悪法を阻止しなければならないと思います。
しらふじ・ひろゆき 1952年三重県生まれ。専修大学名誉教授(公法学)。弁護士。専修大学法学部長などを歴任。『国家安全保障と地方自治―「安保三文書」の具体化ですすむ大軍拡政策』(共著)など。

